こんにちは、数強塾代表の藤原進之介です。この記事は参考書『藤原進之介の最強120講義』の第92講「標本調査と母集団」のWeb版です。共通テスト「情報Ⅰ」での重要度はA(頻出。得点差がつく)、情報Ⅱでの接続先は(3)情報とデータサイエンス、そして数学B「統計的な推測」です。
「1億人いる国の失業率を、たった10万人に聞いて出している」と言われると、多くの人はどこか胡散臭さを感じます。ところがその数字は毎月ニュースになり、政策の根拠になっています。一部しか調べていないのに、なぜ全体のことが言えるのか。 そしてどういうときに言えなくなるのか。 この講はその一点だけを扱います。区間推定や仮説検定には踏み込みません。そこに行く前に決まってしまうことのほうが、はるかに大きいからです。
1. この講の問い
一部だけを調べて全体を語ってよいのは、どういう条件が満たされているときか。
2. 結論
全部調べるのは高くつくうえ、調べると壊れてしまうものもある。だから一部(標本)で全体(母集団)を推し量る。
これが成り立つ条件はただ一つ、標本の選び方に人間の都合が入っていないこと(無作為抽出)である。
選び方が偏っていると、標本をいくら増やしても真実には近づかない。 ばらつきは大きさで消えるが、偏りは消えない。
3. なぜそうなるのか
3-1. まず4つの言葉を、実物に対応させる
用語だけ暗記しても使えません。国が実際にやっている調査に貼り付けてしまいます。
| 用語 | 意味 | 実物 |
|---|---|---|
| 母集団 | 本当に知りたい対象の全体 | 日本に常住している人・世帯すべて |
| 標本(サンプル) | 母集団から抜き取った一部 | 労働力調査の約4万世帯 |
| 全数調査(悉皆調査) | 母集団を全部調べる | 国勢調査 |
| 標本調査 | 標本だけ調べて母集団を推し量る | 労働力調査・家計調査 |
文部科学省「情報Ⅱ」教員研修用教材 第3章 学習11 の原文はこうです。
母集団全体を調査することを全数調査,悉皆調査という。日本では 5 年に一度行われる国勢調査が代表例である。母集団全体を調査できないときには有意抽出や無作為抽出を用いる。
文部科学省「高等学校情報科『情報Ⅱ』教員研修用教材」第3章 学習11(令和2年7月)
図1 全数調査と標本調査。標本調査で決定的なのは「どの4人が選ばれるか」であって、4人の数え方ではない。
3-2. なぜ全部調べないのか——3つ目が本質です
理由は3つあります。1つ目と2つ目はよく語られますが、3つ目が本質です。
(1) 費用と時間がかかる。 総務省統計局の令和7年国勢調査Q&A(問1-3「国勢調査は、なぜ5年に一度行う必要があるのですか」)は、周期の理由をこう説明しています。「あまり短い間隔で調査を実施することは世帯の負担や経費の負担が大きくなることから、5年ごとに実施することとしています」。国が最も重要と位置づける調査でさえ、毎年はできないのです。
(2) 調べ終わるころには母集団が変わっている。 1億人に順番に聞いていたら、聞き終わるまでに生まれる人も亡くなる人もいます。
(3) 調べると壊れる。 ここが本命です。中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 数学編は、標本調査が生まれた理由をこう書いています。
日常生活や社会においては,様々な理由から,全てのデータを収集できない場合がある。例えば,社会の動向を調査する世論調査のために全ての成人から回答を得ることは,時間的,経済的に考えて現実的ではない。また,食品の安全性をチェックするために,製造した商品を全て開封して調べることはしない。
文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 数学編」第3学年 Dデータの活用(平成29年7月)
缶詰を全部開けて安全を確認したら、売る缶詰が1個も残りません。電池の寿命を全部測ったら、全部使い切った電池しか残りません。こういう検査を破壊検査と言います。破壊検査は「全数調査をやらない」のではなく「原理的にやれない」。だから標本調査は、手抜きの代用品ではなく、それしかない方法なのです。
3-3. なぜ「無作為」でなければならないのか——本講の核心
ここが一番大事なところなので、ゆっくり行きます。
標本平均が母平均の近くに来る保証は、「たくさん取ったから」ではありません。 中学校解説の言い方が正確です。
標本が母集団の特徴を的確に反映するように偏りなく抽出するための代表的な方法として,無作為抽出を学習する。無作為に標本を抽出することにより,母集団における個々の要素が取り出される確率が等しくなると考えられる。
同上
保証の源は「どの個体も等しい確率で選ばれる」ことです。ここが崩れると何が起きるか。
選ばれる確率が個体ごとに違うと、標本平均が近づいていく先が、母平均ではなく「選ばれやすさで重み付けした平均」に変わります。近づく先そのものがずれるので、標本を増やしても直りません。増やすと近づくのは、あくまでずれた値のほうです。
標本を大きくすると減るのはばらつき(偶然のブレ)だけ。偏り(狙いのズレ)は減りません。的の外を狙った弓は、何本射っても的に当たりません。矢が1か所に集まるようになるだけです。
3-4. 街頭・Web・電話は、それぞれ誰を取りこぼすか
情報Ⅱの教員研修用教材は、これを選択バイアスという名前で正面から扱っています。
選択バイアスには,標本抽出の際に発生する標本バイアス(母集団の取り違えなど意識的,無意識的によらず無作為でない抽出)や膨大探索効果(…)…が含まれる。
例えば,お菓子の売れ行きが芳しくないときにそのお菓子の購入者にアンケートを採ることや,ランダムで発生させた番号の固定電話に電話をかけて聞き込み調査をするといったことである。お菓子の購入者にアンケートを採っても肝心のお菓子を買わなかった人は含まれていないし,固定電話の電話番号にかけても固定電話を持たない人は含まれていないので調査結果に偏りがあることは容易に想像できるはずだが,意外と見落としがちなバイアスである。
文部科学省「高等学校情報科『情報Ⅱ』教員研修用教材」第3章 学習11(令和2年7月)
この考え方を、受験生が実際に出会う3つの方法に当てはめます。
| 方法 | 実際に選ばれている母集団 | 取りこぼす人 |
|---|---|---|
| 街頭アンケート | その日その時間にその場所を通り、声をかけられ、立ち止まった人 | 在宅の人、遠方の人、その時間に働いている人、急いでいる人 |
| Webアンケート | 回答フォームに到達し、答える気になった人 | ネットを使わない人、そのページを見ない人、関心のない人 |
| 電話調査(固定電話) | 固定電話を持ち、その時間に在宅し、電話に出た人 | 固定電話を持たない人(教材が名指ししている層) |
そのうえで無回答バイアスが重なります。声をかけた人のうち、答えてくれた人だけが標本になる。つまり標本は「答える気になる人」にもう一段絞り込まれます。この論点は中学校解説にも観点として書かれています。標本調査を批判的に読むときは「母集団としてどのような集団を想定しているのか,その母集団からどのように標本を抽出しているのか,抽出した標本のうちどのくらいの人が回答しているのか」を見よ、と。回答率まで見るのが正しい読み方です。
図2 調査方法が変わると、届く範囲そのものが変わる。届かない範囲は、標本を増やしても埋まらない。
3-5. 全数調査ですら「母集団」を定義しています
国勢調査は全数調査です。しかし「全部」の中身は法令で決められています。令和7年国勢調査は、竹島および歯舞群島・色丹島・国後島・択捉島を除く地域で実施され、外国政府の外交使節団・領事機関の構成員とその家族、外国軍隊の軍人・軍属とその家族は調査から除外されています(総務省統計局「令和7年国勢調査の概要」)。家計調査に至っては、学生の単身世帯・外国人世帯・世帯主が3か月以上不在の世帯など7分類を、最初から対象外にしています。
「全部」と言った瞬間に、誰かを外している。 母集団を定義するとは、その線引きを言葉にすることです。「全数調査だから偏りがない」は誤りで、正しくは「定義された母集団については偏りがない」です。
3-6. 全数調査は、標本調査の土台でもある
見落とされがちな関係があります。総務省統計局の国勢調査Q&A(問1-2)にこうあります。
労働力調査、家計調査など各種の国の基本的な標本調査は、国勢調査の小地域別の統計に基づいて設計されています。
総務省統計局「令和7年国勢調査に関するQ&A(回答)」
無作為に選ぶには「全員のリスト」が要ります。そのリストを作っているのが全数調査です。全数調査と標本調査は対立する2択ではなく、前者が後者を可能にしている。この関係は共通テストの整理問題でも効きます。
4. 手で確かめる
4-1. まず、紙と鉛筆で数え上げる
母集団を6人、値を 2, 4, 6, 8, 10, 12 とします。母平均は (2+4+6+8+10+12)÷6 = 7。
ここから2人を選ぶ組合せは 6C2 = 15通り。15通りの標本平均をすべて書き出すと
3, 4, 5, 5, 6, 6, 7, 7, 7, 8, 8, 9, 9, 10, 11
となり、その平均は 105÷15 = 7。母平均とぴったり一致します。1回1回は外れます(3のときも11のときもある)。しかし平均すれば当たる。これが無作為抽出の性質です。
ところが「小さい方の3人(2, 4, 6)からしか選ばない」と決めるとどうなるか。標本平均は 3, 4, 5 の3通りしかなく、その平均は 4。何回やっても7には戻りません。しかも取り出す人数を増やしても、選ぶ範囲が3人に限られている限り、7には近づきません。偏りは大きさで消えないということが、この小さい例だけで見えます。
4-2. 4000人の母集団で実験する
次は数千人規模で確かめます。ある高校の全校生徒4000人の「1日のスマホ利用時間(分)」を自分で作りました。運動部1600人(短め)と非運動部2400人(長め)が混ざっています。乱数の種を固定してあるので、あなたが実行しても同じ数字が出ます。
import random
from statistics import mean, pstdev
# 母集団:ある高校の全校生徒4000人の1日のスマホ利用時間(分)
rng = random.Random(20260803)
N, people = 4000, []
for i in range(N):
is_sports = (i % 5) < 2 # ちょうど40%が運動部
t = rng.gauss(90, 40) if is_sports else rng.gauss(180, 60)
people.append((round(max(0, min(600, t)), 1), is_sports))
sports = [p[0] for p in people if p[1]] # 運動部 1600人
others = [p[0] for p in people if not p[1]] # 非運動部 2400人
vals = [p[0] for p in people]
POP_MEAN, POP_SD = mean(vals), pstdev(vals)
print("母平均 %.2f 分 母標準偏差 %.2f 分" % (POP_MEAN, POP_SD))
print("運動部の平均 %.2f 分 非運動部の平均 %.2f 分" % (mean(sports), mean(others)))
TRIALS = 2000
def fair(n, seed): # 無作為抽出
r = random.Random(seed)
return [mean(x[0] for x in r.sample(people, n)) for _ in range(TRIALS)]
def biased(n, seed): # グラウンド前で聞いた=8割が運動部
r = random.Random(seed)
a = round(n * 0.8)
return [mean(r.sample(sports, a) + r.sample(others, n - a)) for _ in range(TRIALS)]
for name, f, base in (("無作為抽出", fair, 1000), ("偏った抽出", biased, 2000)):
print()
print("--- %s(各2000回くり返し) ---" % name)
print(" n | 標本平均の平均 | 標本平均の標準偏差 | 最小 最大 | 母平均とのずれ")
for n in (10, 50, 200, 1000):
ms = f(n, base + n)
print("%4d | %14.2f | %18.2f | %6.1f %6.1f | %+9.2f"
% (n, mean(ms), pstdev(ms), min(ms), max(ms), mean(ms) - POP_MEAN))
print()
print("偏った抽出が近づく先 0.8*%.2f + 0.2*%.2f = %.2f"
% (mean(sports), mean(others), 0.8 * mean(sports) + 0.2 * mean(others)))
print("母平均の内訳 0.4*%.2f + 0.6*%.2f = %.2f"
% (mean(sports), mean(others), 0.4 * mean(sports) + 0.6 * mean(others)))
実行結果です。
母平均 143.94 分 母標準偏差 69.32 分
運動部の平均 89.27 分 非運動部の平均 180.39 分
--- 無作為抽出(各2000回くり返し) ---
n | 標本平均の平均 | 標本平均の標準偏差 | 最小 最大 | 母平均とのずれ
10 | 143.72 | 22.06 | 72.4 231.5 | -0.23
50 | 144.23 | 9.76 | 109.7 179.1 | +0.28
200 | 144.04 | 4.72 | 128.8 159.5 | +0.09
1000 | 143.92 | 1.90 | 135.6 151.0 | -0.03
--- 偏った抽出(各2000回くり返し) ---
n | 標本平均の平均 | 標本平均の標準偏差 | 最小 最大 | 母平均とのずれ
10 | 107.30 | 14.37 | 58.6 161.8 | -36.65
50 | 107.27 | 6.46 | 82.8 135.3 | -36.68
200 | 107.44 | 3.05 | 96.4 117.4 | -36.50
1000 | 107.46 | 1.17 | 103.6 111.5 | -36.48
偏った抽出が近づく先 0.8*89.27 + 0.2*180.39 = 107.50
母平均の内訳 0.4*89.27 + 0.6*180.39 = 143.94
読み取ることは3つです。
(1) 無作為なら、標本平均の平均はどのnでも母平均143.94の近くにある。 母平均とのずれは −0.23、+0.28、+0.09、−0.03 と、ほぼ0です。そしてばらつき(標本平均の標準偏差)は 22.06 → 9.76 → 4.72 → 1.90 と縮みます。nを4倍にするとばらつきはおよそ半分。理論値(母標準偏差 σ ÷ √n に、有限母集団修正 √((N−n)÷(N−1)) を掛けたもの)で計算すると 21.90、9.74、4.78、1.90 となり、実測とほぼ一致します。
(2) 偏った抽出でも、ばらつきは同じように縮む。 14.37 → 6.46 → 3.05 → 1.17。ここが恐ろしいところです。標本を増やすと結果は安定します。安定するので、正しくなったと錯覚します。
(3) しかし中心が動かない。 母平均とのずれは −36.65、−36.68、−36.50、−36.48 とほぼ一定です。近づく先は 0.8×89.27 + 0.2×180.39 = 107.50 であって、母平均 143.94 ではありません。しかも n=1000 のときの標本平均の範囲は 103.6 〜 111.5。2000回やって、母平均143.94は一度も範囲に入りません。
図3 2000回くり返したときの標本平均の範囲。どちらも同じように細くなるが、細くなっていく先が違う。偏った抽出は n=1000 で母平均をまったく含まない。
偏った標本を増やすと、間違った答えを、より狭い幅で、より自信をもって出すようになります。「たくさんの人に聞いたから正しい」は、成り立たないどころか、危険な方向に効きます。
ただし、標本を大きくすることに意味がないわけではありません。無作為抽出という条件が満たされているときに限って、大きさはばらつきを縮めます。中学校解説も、辞典のページを「10,20,30,…と変えて」推定を繰り返し、「標本の大きさが大きい方がその範囲や四分位範囲が小さくなる傾向がある」ことを箱ひげ図で確かめる活動を挙げています。条件が先、大きさは後です。箱ひげ図の読み方は第85講 ヒストグラムと箱ひげ図にまとめてあります。
4-3. 国の標本調査の実物を見る
教科書の例だけでは実感が湧かないので、実物を2つ置きます。どちらも総務省統計局が抽出方法を公開しています。
| 調査 | 標本 | 抽出のしかた |
|---|---|---|
| 労働力調査 | 約4万世帯・15歳以上約10万人 | 層化2段抽出。第1次抽出単位=国勢調査の調査区(毎月 約2,900)、第2次抽出単位=住戸(1調査区あたり約16) |
| 家計調査 | 168市町村/二人以上 8,076世帯+単身 673世帯(ほか寮・寄宿舎 72世帯) | 層化3段抽出。第1段=市町村、第2段=単位区、第3段=世帯 |
日本の完全失業率は、1億人を数えて出しているのではなく、約10万人から出しています。それが信用されているのは、数が多いからではありません。抽出の設計が公開されていて、誰でも検証できるからです。標本調査の信頼性は「人数」ではなく「設計の透明性」に載っている——これが本講で一番持ち帰ってほしい感覚です。
5. 共通テストではこう出る(重要度A)
まず事実を正確にお伝えします。令和7年度・令和8年度の共通テスト『情報Ⅰ』本試験の問題本文には、「標本」「母集団」「無作為」「全数」という語は一度も出てきません(大学入試センターが公開しているPDFを全文検索して確認、2026年8月3日)。用語そのものを直接問う出題は、少なくともこの2年はありません。
しかし考え方は繰り返し問われています。 出題は次の3つの型で来ます。
型1 「そのデータから何が言えて、何が言えないか」
大学入試センター「試作問題『情報』の概要」によれば、試作問題『情報Ⅰ』第4問 問1 の出題意図は「そこから分析できる仮説とそうでない仮説を考察し識別できるかを問う」。データの出どころを踏まえて、主張の射程を切らせる問題です。「この調査で言えるのはここまで」という線引きができるかどうかがすべてです。
型2 調査方法の妥当性を問う
同じ資料で、試作問題『旧情報(仮)』第6問 問2 の出題意図は「Webによるアンケートの特徴と適切にアンケートを実施するための方法について理解しているかを問う」。Webアンケートが誰を取りこぼすかが、正面から出題対象になっています。3-4節の表がそのまま答えになります。
型3 データの素性を問う
令和8年度本試験の第4問はオープンデータを題材にしており、大学入試センターの問題作成部会は自己評価でこう述べています。「オープンデータの特性を問う ア や回帰直線を用いた補正日を問う ス は正答率が5割程度であり、識別力が高かった」。データの中身ではなく、データの素性を問う設問で差がついているということです。
- 「標本が大きいから信頼できる」は誤り。 判断の順序は「抽出方法 → 回答率 → 大きさ」。この順を逆にした選択肢が正解に見えるように置かれます。
- 「回答してくれた人の平均」は母平均ではない。 無回答バイアスを飛ばさない。
- 全数調査と標本調査の使い分けは、費用と時間だけでは決まらない。 「調べると壊れるか」で分かれます。破壊検査は原理的に標本調査しかありません。
6. 情報Ⅱではこうなる
6-1. じつは、情報Ⅰの一次資料にこの話は書かれていない
驚かれるかもしれませんが、確認した事実をそのままお伝えします。
高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 情報編の全文を検索すると、「標本調査」「母集団」「無作為」「全数調査」はいずれも0件です(「標本」の3件はすべて音や画像のデジタル化の「標本化」で、統計の意味ではありません)。文部科学省「情報Ⅰ」教員研修用教材 第4章には「標本調査」「全数調査」が各1回、「母集団」が4回出てきますが、そのすべてが「量的データの統計的仮説検定」という節の中であり、「無作為」も「バイアス」も「偏り」も0回です。しかも同教材は、担当科目をはっきり書いています。
中学校では標本調査,高校数学Ⅰでは仮説検定の考え方を学習する。
文部科学省「高等学校情報科『情報Ⅰ』教員研修用教材」第4章(令和2年)
では、どこにあるのか。数えました。
| 資料(全文検索) | 標本調査 | 母集団 | 無作為 | 全数調査 |
|---|---|---|---|---|
| 解説 情報編 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 中学校 解説 数学編 | 49 | 35 | 16 | 4 |
| 高等学校 解説 数学編 理数編 | 32 | 26 | 7 | 4 |
標本調査は中学校数学「Dデータの活用」第3学年の内容であり、その先は数学B「統計的な推測」です。高校数学編の解説は、標本調査を「深める」段階として、クラスター抽出法(母集団を地域などの部分集団に分けて、抽出した部分集団には全数調査を行う方法)や2段抽出法まで扱うことを挙げています。4-3節で見た労働力調査の「層化2段抽出」は、まさにこれです。
そして情報科と数学科は、解説の両側から相互に名指しされています。情報編は「情報Ⅰの(4)は数学Ⅰの(4)データの分析と、情報Ⅱの(3)は数学Bの統計的な推測と関連付けて扱う」と書き、数学編は「本科目の『(4)データの分析』を含め統計的な内容は、共通教科情報の『情報Ⅰ』の『(4)情報通信ネットワークとデータの活用』との関連が深く」「本科目の『(2)統計的な推測』を含め統計的な内容は、共通教科情報の『情報Ⅱ』の『(3)情報とデータサイエンス』との関連が深く」と書いています。
情報の統計は、制度として数学に委ねられています。 情報Ⅰの教科書だけを何周しても、標本調査の芯は出てきません。逆に言えば、数学Ⅰ・数学Bを持っている受験生は、情報Ⅰのデータ分野で強烈に有利です。数学の専門塾がこの本を書いている理由は、まさにここにあります。
6-2. 情報Ⅱでは「母集団と調査」が独立の学習項目になる
情報Ⅰ側で0回だった語が、情報Ⅱの教員研修用教材 第3章 学習11 では独立した節になります。「(2) 母集団と調査」「(3) バイアス」という見出しが立ちます。
データの収集,読み解き(理解)の際には母集団に気を付けて標本の大きさ(サンプルサイズ)や標本抽出(サンプリング)の方法を選択する必要がある。母集団を適切に把握しないと集めたデータに偏り(バイアス)が生じることもあるため,母集団を意識してデータ収集を行い,提示されたデータを読み解く必要がある。
文部科学省「高等学校情報科『情報Ⅱ』教員研修用教材」第3章 学習11(令和2年7月)
違いは3つあります。
(1) バイアスが分類され、名前が付く。 選択バイアス(標本バイアス・膨大探索効果・分析者に都合のよいところで検定を止めること)と生存バイアス。とくに「膨大なデータに対して様々なモデルを当てはめると何かしらの興味深い結果が出るが,それは本当に興味深い結果か偶然のいずれかである」という一文は、機械学習を扱う科目でしか書けない警告です。情報Ⅰでは「偏りに注意」で終わるところが、情報Ⅱでは偏りの発生源のカタログになります。
(2) サンプルサイズが計算対象になる。 情報Ⅰでは「大きい方がよい」で終わりますが、教材はこう書きます。「サンプルサイズが小さすぎると信頼性は低くなる。適切なサンプルサイズは『数学B』で学習する計算式を用いて求めることができる。国の調査などでは一般に信頼水準95%を用いている」。許容誤差・回答率・信頼水準から必要人数を出す式が実際に載っています。ここから先は数学Bの領分です。
(3) 演習が「国の調査の設計を読む」になる。 学習11 の演習2 は「総務省が行っている毎月の家計調査などについて,どのようにして標本を抽出しているか調べてみましょう」。本講4-3節の表が、その演習の答えにあたります。
6-3. 「手元のデータがそもそもどう集められたか」が分析の前提になる
情報Ⅱの学習12「大量のデータの収集と整理・整形」は、データの入手経路を3つに分類します。
データを収集する際には,アンケートのような調査からの取得,計測機器からの取得,Web APIからの取得などの方法がある。
文部科学省「高等学校情報科『情報Ⅱ』教員研修用教材」第3章 学習12(令和2年7月)
そのうえで、自動でWebサイトを巡回してデータを集めるクローリングと、そこから必要なデータを取り出すスクレイピング(合わせてWebスクレイピング)を扱い、Pythonなら requests と Beautiful Soup 4 を使うところまで書いています。実際に米国地質調査所(USGS)のWeb APIから地震データを取得する演習も置かれています。
ここで本講の話が効いてきます。Web APIやスクレイピングで集めたデータは、無作為抽出ではありません。 それは「そのサイトに載っている対象」「そのサイトに書き込む人」という母集団の、しかも全部ですらない一部です。口コミサイトのコメントを集めれば、書き込むほど強い感情を持った人に偏ります。3-4節のWebアンケートと、構造はまったく同じです。
同じ教材が学習12 で、欠損値の処理について「この判断によってバイアスが生じることもあるため,慎重に扱う必要がある」と注意しています。つまり情報Ⅱでは、収集の段階から前処理の段階まで、一貫してバイアスが監視対象になっているのです。
まとめるとこうです。情報Ⅰでは「データが与えられて、それを分析する」。情報Ⅱでは「データを自分で集めるところから始まる」。 集めた瞬間に母集団が決まってしまい、あとから分析手法をいくら磨いても直せません。だから情報Ⅱの教材は、学習11(母集団とバイアス)→ 学習12(収集と整形)→ 学習13以降(分析)という順に並んでいます。並び順そのものが「収集が先、分析は後」という主張になっているわけです。
この講のまとめ
- 標本調査を使う理由は3つ。費用と時間、母集団が動くこと、そして調べると壊れるもの(破壊検査)。3つ目だけは代替手段がない。
- 標本が母集団を代表できる根拠は「量」ではなく「どの個体も等しい確率で選ばれること」。
- 抽出が偏ると、標本平均が近づく先そのものがずれる。だから標本を増やしても直らない。増やすと安定するぶん、かえって危ない。
- 4000人の実験では、偏った抽出は n=1000 でも母平均を範囲に含まなかった(103.6〜111.5 に対し母平均143.94)。
- 街頭・Web・電話は、それぞれ違う人を取りこぼす。さらに無回答バイアスが重なるので、回答率まで見る。
- 全数調査にも母集団の定義(除外規定)がある。そして全数調査は標本調査の抽出台帳を作っている。
- 標本調査は解説 情報編に1文字も無く、中学校数学と数学Bに置かれている。情報Ⅱでは「母集団と調査」「バイアス」が独立の学習項目になる。
出典(すべて2026年8月3日に取得)
- 文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 情報編」平成30年7月
- 文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 数学編 理数編」平成30年7月
- 文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 数学編」平成29年7月
- 文部科学省「高等学校情報科『情報Ⅰ』教員研修用教材」第4章 情報通信ネットワークとデータの活用(令和2年)
- 文部科学省「高等学校情報科『情報Ⅱ』教員研修用教材」第3章 情報とデータサイエンス 前半(令和2年7月)学習11・学習12
- 総務省統計局「令和7年国勢調査の概要」「令和7年国勢調査に関するQ&A(回答)」
- 総務省統計局「労働力調査 標本設計の解説」「標本抽出方法、結果の推定方法及び推定値の標本誤差」
- 総務省統計局「家計調査の概要」
- 大学入試センター「令和7年度大学入学共通テスト 試作問題『情報』の概要」、令和7年度・令和8年度 本試験問題『情報Ⅰ』、令和8年度 問題評価・分析委員会報告書『情報Ⅰ』
この講は情報Ⅰ 最強120講義(全講一覧)の第92講です。データ分析の土台は第80講 データの種類と尺度、要約の値は第83講 代表値(平均・中央値・最頻値)、散らばりの数値化は第84講 分散・標準偏差・四分位、2変数の関係は第86講 散布図と相関係数をどうぞ。他の講はカテゴリ「情報Ⅰ 最強120講義」からも辿れます。制度の話はすべて2026年8月時点の情報です。
執筆:藤原進之介(数強塾グループ代表)
オンライン数学専門塾「数強塾」代表。累計3,500名以上の中高一貫校生を指導。東進ハイスクール・東進衛星予備校・代々木ゼミナールなど出講実績あり。情報Ⅰの参考書を複数執筆しており、KADOKAWA『ゼロから始める情報I』、Gakken『きめる!共通テスト 情報Ⅰ』などがあります。本記事は参考書『藤原進之介の最強120講義』第92講のWeb版です。
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