「べし」は、古文の助動詞のなかで最も設問になりやすい語のひとつです。理由は単純で、意味が六つあり、そのどれかを選ばないと現代語訳が書けないからです。しかも六つのうち「推量」「当然」「適当」は日本語としては近く、なんとなく訳すと三つとも同じような文になってしまいます。だから出題者は、ここで受験生の理解の粗さを測ることができます。
国語専門塾「国強塾」by数強塾グループでは、「べし」を語として覚えるのではなく、手続きとして処理するよう指導しています。以下、その手続きをそのまま公開します。
この記事で分かること
- 「べし」の六つの意味(スイカトメテ)が、それぞれどんな日本語に着地するのか
- 主語の人称から意味を仮置きする原則と、その原則が破れる三つの場合
- 「べからず」が「禁止」と「不可能」に分かれる基準(同じ一段落の中で両方が出た実例つき)
- 「べきなり」「べかンめり」「べかンなり」という複合形の処理
- 入試での問われ方と、選択肢がどう作られるか(誤答パターンの構造)
📖大切な定義
📖大切な定義 「べし」とは、活用語の終止形(ラ変型に活用する語には連体形)に接続し、推量・意志・可能・当然・命令・適当の六つの意味を表す助動詞である。
📖大切な定義 「スイカトメテ」とは、「べし」の六つの意味である推量・意志・可能・当然・命令・適当の頭文字を並べた記憶用の語呂合わせである。
📖大切な定義 「べし」の意味は語そのものには含まれておらず、その述語の主語が何人称であるか、および前後の文脈が「予測」「助言」「道理」のどれを述べているかによって決まる。
📖大切な定義 「べからず」とは、「べし」の未然形「べから」に打消の助動詞「ず」が付いた形で、禁止(〜してはならない)と不可能(〜できない・〜はずがない)の二つの意味を表す。
📖大切な定義 「べかンなり」とは、「べかるなり」が撥音便化した「べかんなり」の「ん」を表記しない形で、この「なり」は断定ではなく伝聞・推定の助動詞である。
「べし」の活用と接続を先に固定する
意味の話に入る前に、形を固定します。ここが曖昧なままだと、識別以前に品詞分解を間違えます。
| 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 | 命令形 |
|---|---|---|---|---|---|
| べく/べから | べく/べかり | べし | べき/べかる | べけれ | ○ |
形容詞のク活用と同じ型です。「べから/べかり/べかる」のカリ活用系は、下に助動詞が付くときに使うと覚えると実用的です。「べからず」(+ず)、「べかりけり」(+けり)、「べかるなり」(+なり)はすべてこの理屈です。
接続は終止形接続。ただしラ変型に活用する語(あり・をり・侍り・いまそかり、および「〜かり」型の形容詞、「なり」「たり」などの助動詞)には連体形に付きます。
- 増鏡の「さるべくて身の失すべき時にこそあんなれ」……「失す」(下二段)の終止形+「べき」
- 徒然草の「はやく跡なき事にはあらざんめり」の直前にある「更に通り得べうもあらず」……「得」(下二段)の終止形+「べう」(「べく」のウ音便)
👀 ここに注目
「べし」が終止形接続だという事実は、直前の語の識別にそのまま使えます。「〜なるべし」の「なる」は、ラ変型(断定「なり」の連体形)に付いているのか、四段動詞「成る」の終止形なのか。ここを接続から決められると、傍線部の品詞分解が一段速くなります。
六つの意味と、着地させる日本語
| 意味 | 訳の型 | 典型的な主語 | 見分けの合図 |
|---|---|---|---|
| 推量 | 〜だろう・きっと〜そうだ | 三人称 | まだ起きていない事態の予測 |
| 意志 | 〜しよう・〜するつもりだ | 一人称 | 話し手自身の行動の宣言 |
| 可能 | 〜できる(打消と組んで「〜できない」) | 不定 | 打消・反語とセットになる |
| 当然 | 〜はずだ・〜べきだ・〜のが道理だ | 不定 | 規則・道理・必然を述べる文脈 |
| 命令 | 〜せよ | 二人称 | 上位者から下位者への指示 |
| 適当 | 〜するのがよい | 二人称 | 助言・勧め・処世の教え |
💡 ポイント
「当然」と「適当」は日本語が近いので、訳語で区別しようとすると迷います。国強塾では、「道理としてそうなる」なら当然、「そうしたほうが得だ・よい」なら適当という、話し手の立場の差で切り分けます。
人称の原則──まずこれで仮置きする
「べし」の意味を決める第一の道具は、その述語の主語が何人称かです。
| 主語の人称 | 第一候補 |
|---|---|
| 一人称(話し手自身) | 意志 |
| 二人称(聞き手) | 命令・適当 |
| 三人称(第三者・事柄) | 推量 |
これは「む」の識別と同じ原則で、両方まとめて運用できます。実際の文で確認します。
三人称→推量
徒然草の第百八十八段、子を法師にした男の話です。説経師になろうとした法師が、先回りして心配する場面。
佛事の後、酒など勸むることあらむに、法師のむげに能なきは、檀那すさまじく思ふべし。 (徒然草・第百八十八段)
「思ふ」の主語は「檀那」(施主)で三人称です。よって推量。国強塾の訳は「法事のあとで酒などを勧めることがあったときに、法師にまるで芸がないのでは、施主は興ざめに思うだろう」。同じ段の「桃尻にて落ちなむは心憂かるべし」も、主語が「落ちなむは(=落ちてしまうようなことは)」という事柄ですから推量で、「馬から落ちてしまうようなのは、つらいことだろう」となります。
増鏡にも同型があります。
今夜既に武士共競ひ参るべし (増鏡)
主語は「武士共」。三人称なので推量で、「今夜すでに武士たちが先を争って参上するだろう」。
二人称→命令・適当
増鏡の承久の乱の場面。北条義時が、都へ向かう泰時に言い含める台詞です。
本意のごとく清き死をすべし。人に後ろを見えなんには、親の顔、又見るべからず。今を限りとおもへ。 (増鏡)
「すべし」の主語は目の前の泰時、つまり二人称です。しかも上位者から下位者への指示ですから命令。「本意のとおり、いさぎよい死に方をせよ」。続く「見るべからず」は後述します。同じ人物の別の台詞、
かぶとをぬぎ弓の弦を切りて、ひとへにかしこまりを申して、身をまかせ奉るべし。さはあらで、君は都におはしましながら、軍兵を賜はせば、命を捨てて千人が一人になるまでも戦ふべし (増鏡)
も、「まかせ奉るべし」「戦ふべし」ともに命令です。
一方、同じ二人称でも指示ではなく助言なら適当になります。徒然草の第百五十五段。
世に從はむ人は、まづ機嫌を知るべし。 (徒然草・第百五十五段)
読者一般に向けた処世訓ですから、「世間に従っていこうとする人は、まず時機を知るのがよい」と適当に取ります。命令で「知れ」と訳しても大きく外れませんが、兼好は誰かに命令できる立場ではないので、国強塾では適当を第一に置きます。
一人称→意志
一人称の「べし」は、多くが会話文や心内文の中に現れます。地の文で「私は〜べし」と書く機会が少ないためです。
※文法説明のための作例です:
われ今宵のうちにこの文書き果つべし。 (=私は今夜のうちにこの手紙を書き終えよう)
このように、話し手自身の行動を宣言する形になります。ただし、一人称でもまだ実現していない事態を客観的に予測している場合は意志になりません。これが次に述べる「原則の破れ」です。
原則が破れる三つの場合
人称の原則は強力ですが、そのまま押し切ると落とし穴があります。国強塾が答案で最も多く直す誤りが、この三つです。
破れ①──打消・反語と組んだら「可能」を最優先
「べし」が打消や反語と結びついたとき、人称に関係なくまず可能(〜できない)を疑うのが定石です。徒然草の第九段。
堪ふべくもあらぬ業にもよく堪へ忍ぶは、たゞ色を思ふがゆゑなり。 (徒然草・第九段)
「堪ふべくもあらぬ」は「堪えることもできないような」。ここを「堪えるはずもない」と当然で訳しても意味は近いのですが、後続の「よく堪へ忍ぶ」との対比を出すには可能で取るのが自然です。第五十段の「更に通り得べうもあらず立ちこみたり」も、「まったく通ることもできないほど人が立ち込んでいた」で、可能以外に取れません。
破れ②──一人称でも「予測」なら推量・当然
徒然草の第百十五段、ぼろ同士が果たし合う場面。いろをしという僧が言います。
こゝにてしたてまつらば、道場をけがし侍るべし。 (徒然草・第百十五段)
「けがし侍る」の主語は話し手自身(一人称)ですが、意志ではありません。「ここでお相手申し上げたなら、道場を汚してしまうことになるだろう」で、仮定条件を受けた結果の予測です。一人称=意志と機械的に当てると、ここで崩れます。「〜ば」「〜なば」「〜むに」などの仮定を受けているときは、人称より文脈が優先すると覚えてください。
破れ③──主語が「事柄」なら人称で数えない
「べし」の主語がモノや事柄のときは、人称の枠が使えません。徒然草の第九十二段、弓の師の教えを受けた兼好の一文。
このいましめ萬事にわたるべし。 (徒然草・第九十二段)
主語は「このいましめ」という事柄です。「この戒めはあらゆることに当てはまるはずだ」で、当然(もしくは推量)。人称を探しても見つからない場合は、「道理としてそうなる」=当然を第一候補にするのが安全です。
見分けの手順(この順で機械的に処理する)
抽象論ではなく、傍線部を見た瞬間に走らせる手順として書きます。
① 打消・反語と組んでいないか確認する。 「べからず」「べくもあらず」「べうもあらず」「べきかは」の形なら、まず可能(〜できない)を試す。ここで通れば終了。通らなければ②へ。
② 述語の主語を確定する。 会話文の中なら、一人称=話し手、二人称=聞き手。地の文なら三人称が原則。ここで「主語が事柄・モノ」だった場合は⑤へ飛ぶ。
③ 人称で意味を仮置きする。 一人称→意志、二人称→命令・適当、三人称→推量。ここまでは自動で置けます。
④ 仮定条件を受けていないか確認する。 直前に「〜ば」「〜なば」「〜むに」「〜たらむに」があれば、③の仮置きを解除して推量・当然に振り直す。破れ②の処理です。
⑤ 文脈で確定する。 「予測」なら推量、「道理・規則」なら当然、「助言」なら適当、「指示」なら命令。二人称のときは、話し手が命令できる立場かどうかで命令と適当を分ける。
⑥ 下接する語で補正する。 「べきなり」なら当然・適当が濃く、「べかンめり」「べかンなり」なら推定・伝聞が上乗せされる。「〜ぬべし」「〜つべし」なら強意で、「きっと〜だろう」と強める。
「べからず」──禁止と不可能を分ける
「べからず」は、そのまま「してはならない」と訳して済ませてしまう受験生が非常に多い形です。しかし実際には不可能・打消当然でも使われ、しかも同じ話者の同じ段落の中で両方が現れることがあります。徒然草の第二百十七段、大福長者の言葉を見てください。
次に萬事の用をかなふべからず。(中略)百萬の錢ありといふとも、しばらくも住すべからず。所願は止むときなし。財は盡くるあり。かぎりある財をもちてかぎりなき願ひに從ふこと、得べからず。 (徒然草・第二百十七段)
三つの「べからず」の中身が違います。
| 箇所 | 意味 | 国強塾の訳 |
|---|---|---|
| 萬事の用をかなふべからず | 禁止 | あらゆる用事を満たそうとしてはならない |
| しばらくも住すべからず | 不可能 | わずかの間もとどまることはできない |
| かぎりなき願ひに從ふこと、得べからず | 不可能 | 限りない願望に従い切ることはできない |
分ける基準は明快です。主語が聞き手で、話し手がその行動を止めようとしているなら禁止。主語が事柄・道理で、成立しないことを述べているなら不可能。
徒然草の第五十九段にも、禁止では絶対に訳せない「べからず」があります。
え去らぬ事のみいとゞ重なりて、事の盡くる限りもなく、思ひたつ日もあるべからず。 (徒然草・第五十九段)
「思い立つ日など決してやってこない」。ここを「思い立ってはならない」と訳すと、段全体の主張(大事を思い立った人はためらわず捨てよ)と正反対になります。増鏡の「横ざまの死をせん事はあるべからず」も同型で、「まともでない死に方をすることなど、あってよいはずがない」です。
「べきなり」「べかンめり」「べかンなり」
「べし」の連体形「べき」「べかる」に別の助動詞が付いた複合形は、そのまま設問になります。
「べきなり」は、「べき」+断定の「なり」。当然・適当を断定で押し出す形です。徒然草の第五十九段「さながら捨つべきなり」は「そっくりそのまま捨てるのがよい」、第百五十五段「さやうの折節を心得べきなり」は「そのような時機を心得ておくべきである」。囲碁の名手の言葉、
勝たむとうつべからず、負けじとうつべきなり。 (徒然草・第百十段)
は、禁止の「べからず」と適当の「べきなり」が対になっています。「勝とうとして打ってはならない、負けまいとして打つのがよい」。
「べかンめり」は、「べかるめり」の撥音便「べかんめり」で「ん」が表記されない形。「べし」+視覚推定の「めり」で、「〜そうに見える」「〜であるようだ」となります。
いとはしたなくて悲しかるべき事にこそあるべかンめれ (更級日記)
「たいそう気づまりで、悲しいにちがいないことであるようだ」。増鏡の「東ざまにも、その心づかひすべかんめり」も同じで、「東国のほうでも、その用心をしているようだ」。
「べかンなり」は、「べかるなり」の撥音便「べかんなり」で「ん」を表記しない形です。ここでの「なり」は、撥音(またはその無表記)に接続していることから、断定ではなく伝聞・推定と確定できます。「〜だろうということだ」「〜にちがいないようだ」と訳します。
💡 ポイント
「べかンなり」「ざンなり」「あンなり」のように、「ン」の直後の「なり」は伝聞・推定。これは古文全体で使える強い規則です。断定の「なり」は体言・連体形に付き、撥音便を挟みません。
入試での問われ方
「べし」は、次の三つの形で問われます。
- 傍線部の現代語訳(記述式)。意味を選ばないと訳文が書けないので、六つのうちどれを選んだかが答案に露出します。東京大学の第二問や京都大学のように全訳を求める形式では、ここで差がつきます。→todai-kobun/kyodai-kobun
- 意味・用法の選択(マーク式)。「傍線部の『べし』と同じ意味・用法のものを選べ」という問い。共通テスト・センター試験の系統で繰り返し出ている形です。→kyotsu-kobun-shutten
- 品詞分解と接続。「べし」の直前の語の活用形を答えさせる、あるいは「なるべし」の「なる」を識別させる形。
国強塾が保有する実出典データ793件のうち、本記事で引用した三作品の登場回数は次のとおりです。
| 作品 | 件数 | 実際に出題された年度・大学の例 |
|---|---|---|
| 増鏡 | 9件 | 2022年 共通テスト本試/2025年 名古屋大学(文系・理系共通)/2010年 京都大学(文系)/2019年 大阪大学(文以外)/2008年 九州大学(文学部) |
| 更級日記 | 6件 | 2026年 立教大学(一般2/8)/2025年 神戸大学(文系)/2020年 北海道大学(文系)/2003年 中央大学(経済) |
| 徒然草 | 4件 | 2006年 同志社大学(経済・167/180段)/2003年 明治学院大学(122段)/2006年 立教大学(社会) |
上の表の年度・大学名は、すべて実出典データに記録されている行だけを載せています。データにない年度・大学は書きません。
なお、2022年の共通テスト本試は増鏡ととはずがたりの併用出題でした。増鏡のような歴史物語は、上位者の台詞に命令の「べし」、地の文に推量の「べし」が混在します。誰の発話かを取り違えると、そのまま「べし」の誤答につながる構造です。主語の追い方はshugo-hantei、敬語から話者を割り出す方法はkeigo-soronで扱っています。
よくある誤答パターン(選択肢はこう作られる)
出題者は、受験生が引っかかる形を知っていて選択肢を作ります。典型は五つです。
誤答①「べからず」を全部「してはならない」にする。 最頻出です。不可能・打消当然の「べからず」を禁止で訳した選択肢が、必ず一つ紛れ込みます。徒然草第五十九段「思ひたつ日もあるべからず」型が狙われます。打消の「べし」を見たら、まず可能を試すという手順①を守れば防げます。
誤答②「当然」と「適当」の入れ替え。 「〜べきだ」と「〜するのがよい」を交換した選択肢が並びます。話し手が道理を述べているのか、聞き手に得な行動を勧めているのかで切ります。
誤答③「〜ぬべし」「〜つべし」の強意を無視する。 徒然草第百十段の「いづれの手か疾く負けぬべきと案じて」の「ぬ」は完了ではなく強意で、「べし」と組んで「きっと負けてしまうだろう」です。ここを「負けてしまった手」と完了で訳した選択肢は、時制がずれるので見抜けます。
誤答④ 会話文の人称を、地の文の人称で数える。 増鏡の義時の台詞「戦ふべし」を、地の文の主語(義時)で数えて「戦おう(意志)」としてしまう誤り。会話文に入ったら人称を数え直すのが鉄則です。
誤答⑤「べかンなり」の「なり」を断定にする。 「〜にちがいないのだ」と断定で訳した選択肢。撥音の後の「なり」は伝聞・推定なので、「〜だそうだ」「〜のようだ」でなければなりません。
👀 ここに注目
選択肢の作られ方には共通の癖があります。正解と誤答は、動詞部分の訳をほぼ同じにして、助動詞部分だけを差し替えるのです。逆に言えば、選択肢の末尾(「〜だろう」「〜べきだ」「〜できない」「〜せよ」)だけを縦に読めば、その設問が「べし」の何を問うているかが読み取れます。
確認テスト(全5問)
次の傍線部の「べし」(および「べから」「べき」)の意味を答え、現代語訳しなさい。原文はすべて本記事で引用した実文です。
第1問
世に從はむ人は、まづ機嫌を知るべし。(徒然草・第百五十五段)
第2問
法師のむげに能なきは、檀那すさまじく思ふべし。(徒然草・第百八十八段)
第3問
かぎりある財をもちてかぎりなき願ひに從ふこと、得べからず。(徒然草・第二百十七段)
第4問
本意のごとく清き死をすべし。(増鏡)
第5問
一目なりとも遲く負くべき手につくべし。(徒然草・第百十段)
解答と解説
第1問|適当(当然も可) 訳:世間に従っていこうとする人は、まず時機を知るのがよい。 解説:主語は「世に從はむ人」で、読者一般=二人称的な相手です。手順③で二人称→命令・適当と仮置きし、手順⑤で、兼好が読者に命令できる立場ではないことから適当に確定します。処世訓の文脈である点が決め手です。
第2問|推量 訳:法師にまるで芸がないのでは、施主は興ざめに思うだろう。 解説:「思ふ」の主語は「檀那」で三人称。手順③で推量に仮置きし、手順④で仮定条件(「酒など勸むることあらむに」)を受けていることを確認すると、推量がさらに確かになります。ここを「思うべきだ」と当然で訳すと、施主に義務を課す変な文になります。
第3問|不可能(可能+打消) 訳:限りある財産を持って限りない願望に従い切ることは、できない。 解説:手順①が働く典型です。「べからず」を見たらまず可能を試す。主語は「〜從ふこと」という事柄で、聞き手の行動ではありません。よって禁止ではなく不可能。同じ段の「萬事の用をかなふべからず」は聞き手への制止なので禁止であり、同一段落でも意味が違うことを確認してください。
第4問|命令 訳:本意のとおり、いさぎよい死に方をせよ。 解説:会話文なので、まず人称を数え直します(誤答④)。話し手は北条義時、聞き手は子の泰時で二人称。上位者から下位者への指示ですから、適当ではなく命令。直後の「今を限りとおもへ」が命令形で終わっていることも傍証になります。
第5問|「負くべき」=可能/「つくべし」=適当 訳:一目でも遅く負けることのできる手を選ぶのがよい。 解説:一文に二つの「べし」があり、意味が違います。前半の「負くべき手」は、打消はありませんが「そうすることが可能な手」という限定で、可能。後半の「つくべし」は、囲碁の名手が助言している文脈なので適当です。同一文中の「べし」を同じ意味だと決めてかからないという点で、第3問と対になる問題です。
「む」との関係も同時に整理しておく
「べし」の人称原則は「む」と共通ですが、強さが違います。国強塾では次のように区別します。
| 「む」 | 「べし」 | |
|---|---|---|
| 推量の強さ | 〜だろう(弱い予測) | きっと〜だろう(確信のある予測) |
| 意志の強さ | 〜しよう(意向) | 〜するつもりだ(決意) |
| 当然の有無 | 当然の用法は薄い | 当然が主要な用法のひとつ |
| 可能の有無 | 可能の用法はない | 打消と組んで不可能を作る |
つまり、「当然」と「可能」は「べし」にしかないというのが最大の違いです。傍線部が「〜はずだ」「〜できない」の意味になりそうなら、それは「む」ではなく「べし」の領分だと即断できます。
関連ページ
- shugo-hantei|主語の判定。「べし」の意味は主語が決まらないと決まりません。順序としてはこちらが先です。
- keigo-soron|敬語の総論。会話文で誰が話し手かを割り出す最短経路が敬語です。誤答④の対策になります。
- waka-shuji|和歌の修辞。増鏡・更級日記のように和歌を含む出典では、地の文と歌の切れ目を見抜く必要があります。
- 徒然草|徒然草。本記事の引用の多くはここから。第九・第五十・第五十九・第九十二・第百十・第百十五・第百五十五・第百八十八・第二百十七段を使いました。
- 増鏡|増鏡。実出典データで9件。命令の「べし」が台詞に集中する典型的な歴史物語です。
- 更級日記|更級日記。実出典データで6件。「べかンめれ」など複合形が出てきます。
- kyotsu-kobun-shutten|共通テスト・センター試験の古文出典一覧。意味・用法の選択問題の形式はここで確認できます。
- todai-kobun|東京大学の古文。全訳形式なので「べし」の処理がそのまま得点差になります。
- kyodai-kobun|京都大学の古文。2010年に増鏡が出題されています。
- kobun-pillar|古文アーカイブの全体像。学習の順路はこちらから。
本文・データの出所
- 古文の引用文は、すべて次のパブリックドメイン本文から取得したものです。記憶からの復元・現代の校訂本文の転載は一切していません。
- 徒然草:ja.wikisource.org「徒然草(校註日本文學大系)」(著作権保護期間満了)
- 増鏡:ja.wikisource.org「増鏡(校註増鏡)」(著作権保護期間満了)
- 更級日記:ja.wikisource.org「更級日記(有朋堂文庫)」(著作権保護期間満了)
- 底本の性格上、旧字体・歴史的仮名遣いのまま掲載しています。段番号は徒然草のみ付しました。
- 現代語訳は、すべて国強塾が本記事のために作成したものです。他サイト・市販訳の流用はありません。
- 年度・大学名は、国強塾が保有する実出典データ793件(出典:国語入試資料@ウィキ、河合塾 本試分析PDF、大学入試センター公表資料、各大学の公式問題PDF)に記録されている行のみを掲載しています。データにない年度・大学は、たとえ一般に知られていても本記事には書きません。
- 「出題率」等の割合の数値は一切用いていません。 掲載した件数は、上記793件の中での実数です。
- 「※文法説明のための作例です」と明記した一文のみ、古典作品からの引用ではなく、国強塾が文法説明のために作成した例文です。
監修:藤原進之介(数強塾グループ代表)/執筆:国語専門塾「国強塾」by数強塾グループ
監修:藤原進之介(数強塾グループ代表)/執筆:国語専門塾「国強塾」by数強塾グループ
本記事の現代語訳・解説は国強塾のオリジナルです。学校の課題・定期テストでは、担任の先生・担当講師の指示を優先してください。
