敬語の方向(誰から誰へ)|古文敬語の総論と、4手順で決める判定法

この記事で分かること

  • 尊敬語・謙譲語・丁寧語の定義が、暗記ではなく「誰を高めるか」という一本の基準で整理できます。
  • 主要な敬語動詞(給ふ/のたまふ/おはす/奉る/申す/聞こゆ/参る/まかる/侍り/候ふ 等)を、本動詞と補助動詞の別まで含めて一覧で確認できます。
  • 入試で最も問われる「誰から誰への敬意か」を、①種類→②主体と客体→③出所→④宛先という4つの手順で機械的に出せるようになります。
  • 二方面への敬語・最高敬語(二重敬語)・絶対敬語という三つの応用が、人物関係を推定する道具として使えるようになります。
  • 東京大学・共通テストなど、実際の出題データに照らして「敬語がどう得点に化けるか」が分かります。

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1. 敬語とは何か — 上下ではなく「三角形」で考える

古文の敬語でつまずく人のほとんどは、敬語を「偉い人に使う言葉」という一方向の上下関係で捉えています。これでは設問に答えられません。古文の敬語が表しているのは、常に三人の関係だからです。

その三人とは、①動作をする人(主体)②動作を受ける人(客体)③その文を発している人(敬意の出所)です。敬語はこの三角形のうち、どの頂点を高めているかを示す標識にすぎません。

📖 大切な定義

大切な定義 尊敬語とは、その動作をする人(主体)を高める敬語である。

📖 大切な定義

大切な定義 謙譲語とは、その動作を受ける人(客体)を高める敬語である。

📖 大切な定義

大切な定義 丁寧語とは、話し手が聞き手(地の文では読者)を高める敬語であり、動作の主体や客体とは無関係である。

この三つを並べると、なぜ「謙譲語=へりくだる言葉」という覚え方が危険なのかが見えます。謙譲語は主体を下げる語ではなく、客体を上げる語です。だからこそ「誰に向かってその動作をしたのか」を答えさせる問題が成立します。

📖 大切な定義

大切な定義 敬意の方向とは、「その敬意を払っているのは誰か(出所)」と「その敬意が向かう先は誰か(宛先)」の組み合わせであり、両者は別々に決まる。

👀 ここに注目

ここに注目 出所と宛先は別の手順で決まります。出所は「その一文が地の文か会話文か」だけで決まり、宛先は「敬語の種類」だけで決まります。この二つを混ぜて考えると必ず崩れます。逆に言えば、この二つを分けて処理する癖がつけば、敬語の設問はほぼ落としません。


2. 主要敬語動詞の一覧(本動詞)

まず語彙です。以下は入試で実際に処理を求められる中心的な敬語動詞です。「もとの語」の欄は、敬語を外したときの普通の動詞を示します。

2-1. 尊敬語(主体を高める)

敬語 もとの語 補足
給ふ(四段) 与ふ お与えになる/くださる 補助動詞用法が圧倒的に多い
のたまふ 言ふ おっしゃる
のたまはす 言ふ おっしゃる のたまふより高い敬意
仰す 言ふ おっしゃる/お命じになる
おはす あり・をり・行く・来 いらっしゃる/おいでになる
おはします あり・をり・行く・来 いらっしゃる おはすより高い敬意
ます・います あり・をり いらっしゃる
御覧ず 見る ご覧になる
聞こしめす 聞く・食ふ・飲む・治む お聞きになる/召し上がる/お治めになる
思す・思ほす 思ふ お思いになる
思し召す 思ふ お思いになる 思すより高い敬意
召す 呼ぶ・招く・着る・食ふ・乗る お呼びになる/お召しになる
大殿籠る 寝・寝ぬ お休みになる
賜はす 与ふ お与えになる
奉る(尊敬用法) 着る・食ふ・飲む・乗る お召しになる/召し上がる/お乗りになる 謙譲と紛らわしい最重要語
参る(尊敬用法) 食ふ・飲む 召し上がる 謙譲と紛らわしい最重要語

2-2. 謙譲語(客体を高める)

敬語 もとの語 補足
奉る 与ふ 差し上げる 補助動詞用法「〜し申し上げる」も頻出
参る 行く・来 参上する 「差し上げる」の意もある
参らす 与ふ 差し上げる 補助動詞用法もある
聞こゆ 言ふ 申し上げる 補助動詞用法「〜し申し上げる」が頻出
聞こえさす 言ふ 申し上げる 聞こゆより高い敬意
申す 言ふ 申し上げる 補助動詞用法もある
奏す 言ふ (天皇・上皇に)申し上げる 絶対敬語
啓す 言ふ (中宮・皇太子に)申し上げる 絶対敬語
まかる・まかづ 出づ・行く 退出する/おいとまする 貴人のもとから下がる
仕うまつる・つかまつる 仕ふ・す お仕えする/して差し上げる
承る 受く・聞く お受けする/お聞きする
賜はる 受く いただく 尊敬の「賜はす」と混同注意
侍り(謙譲用法) あり・をり お仕えする/伺候する
候ふ(謙譲用法) あり・をり お仕えする/伺候する
給ふ(下二段) 〜ております/〜ます 丁重語。一人称と結びつく

2-3. 丁寧語(聞き手・読者を高める)

敬語 もとの語 補足
侍り あり・をり あります/ございます 補助動詞用法「〜ます」も頻出
候ふ(さぶらふ・さうらふ) あり・をり あります/ございます 中世以降は「さうらふ」の形が増える

💡 ポイント

ポイント 丁寧語の候補は事実上「侍り」と「候ふ」の二語だけです。ところがこの二語は謙譲語(お仕えする)にもなります。つまりこの二語の識別が、敬語三分類の最後の関門になります。識別法は第4章で扱います。


3. 本動詞と補助動詞 — 同じ語が二つの働きを持つ

一覧を覚えても答えが出ないのは、多くの敬語が本動詞と補助動詞の二役を兼ねているからです。

📖 大切な定義

大切な定義 補助動詞とは、直前の動詞(の連用形)に接続し、それ自体の実質的な意味を失って敬意だけを添える敬語である。

見分けは単純です。直前に別の動詞の連用形が、助詞をはさまずに直接ついているかどうかを見ます。ついていれば補助動詞、ついていなければ本動詞です。

ただし一点だけ例外の扱いがあります。「奉る・聞こゆ・申す・給ふ・参らす」は連用形に直接つく形(拝み奉る/申し給ふ)でしか補助動詞になりませんが、「おはす・おはします・侍り・候ふ」は「〜ておはします」「〜て侍り」のように接続助詞「て」をはさむ形でも補助動詞になります。逆に言えば、「奉る」の直前に「て」があれば、それは補助動詞ではなく本動詞だと判断できます。

本動詞のとき 補助動詞のとき
給ふ(四段) お与えになる 〜なさる(尊敬)
奉る 差し上げる 〜し申し上げる(謙譲)
聞こゆ 申し上げる 〜し申し上げる(謙譲)
申す 申し上げる 〜し申し上げる(謙譲)
参らす 差し上げる 〜し申し上げる(謙譲)
侍り あります/お仕えする 〜ます(丁寧)
候ふ あります/お仕えする 〜ます(丁寧)
おはす・おはします いらっしゃる 〜ていらっしゃる(尊敬)

実例で確認します。以下は『増鏡』(増鏡)の冒頭、語り手が嵯峨の清涼寺に参詣する場面です。

嵯峨の清涼寺に詣でて、常在霊鷲山など心のうちに唱へて、拝み奉る。 (『増鏡』序/出典は本記事末尾に明記)

「拝み奉る」の「奉る」は、直前に「拝み」という動詞の連用形があるので補助動詞です。訳は「拝み申し上げる」。ここで高まっているのは、拝まれている側、すなわち仏です。

一方、同じ『増鏡』の別の場面には、次の一文があります。

池のみぎはなる篠を少し敷きて、白き米を〔水に〕洗ひて奉れり。 (『増鏡』/〔 〕は底本の校訂者による補い)

この「奉れり」の「奉る」は、直前の「洗ひて」が連用形+接続助詞「て」で切れており、「奉る」自体が「差し上げる」という動作を担っています。これが本動詞です。高まるのは、差し上げられた相手(後鳥羽院)です。

👀 ここに注目

ここに注目 同じ「奉る」でも、補助動詞なら直前の動詞の受け手が、本動詞なら「差し上げる」相手が高まります。訳語だけ覚えて品詞の別を飛ばすと、宛先を一つずらして誤答します。


4. 【最重要】「誰から誰へ」を決める4つの手順

ここが本記事の核心です。抽象論にせず、必ず次の①→②→③→④の順で処理してください。順序を入れ替えないことが重要です。

手順① その敬語の種類を決める

尊敬語か、謙譲語か、丁寧語か。第2章の一覧で確定させます。ここで確定しないと以降が全部ずれるので、紛らわしい語は先に処理します。

「給ふ」の四段/下二段の見分け(サブ手順)

  1. 活用形が「給へ・給ふる・給ふれ」の形か → 下二段の疑い
  2. 直前が「思ふ・見る・聞く・知る・覚ゆ」など知覚・思考の動詞か → 下二段の疑いが強まる
  3. その一文は会話文・手紙文・心内文の中か → 下二段はこの内側にしか出ない
  4. 主語が話し手自身(一人称)か → 揃えば下二段(謙譲=丁重語)

『増鏡』の序には、語り手と老尼の会話が長く続きます。そこに次の二例があります。

昔の事の聞かまほしきまゝに、年のつもりたらん人もがなと思ひ給ふるに、嬉しきわざかな。 (『増鏡』序・語り手の会話)

いさ。よくも我ながら思ひ給へわかれぬ程になん。 (『増鏡』序・老尼の会話)

前者の「思ひ給ふる」は連体形が「給ふる」、後者の「思ひ給へ」は連用形が「給へ」。どちらも下二段活用で、直前は「思ふ」、主語は話し手自身、位置は会話文の中です。四つの条件がすべて揃っています。訳は「存じますが」「自分でもよく分からないほどで」といった、話し手の丁重な自己表現になります。ここを尊敬語の四段「給ふ」と取ると、老尼が自分を敬っていることになり、意味が壊れます。

「侍り・候ふ」の丁寧/謙譲の見分け(サブ手順)

  1. 補助動詞(直前に動詞の連用形がある)なら → ほぼ丁寧
  2. 本動詞で、「〜に候ふ」のように仕える相手が示されていれば → 謙譲(お仕えする)
  3. 本動詞で、単に「ある・いる」の意で存在を述べているだけなら → 丁寧(ございます)

『増鏡』序で老尼はこう答えます。

このわたり近く侍れど、年のつもりにや、いと遙けき心地し侍る (『増鏡』序・老尼の会話)

前の「侍れ」は「近くにございますが」で丁寧の本動詞、後の「し侍る」は「心地し」に接続した補助動詞で丁寧です。仕える相手は示されていません。老尼が高めているのは目の前の聞き手、つまり語り手です。

対して、同じ『増鏡』の後半にはこうあります。

摂政殿、左の大臣、皆御供に候ひ給ふ。 (『増鏡』)

こちらの「候ふ」は「御供に」という仕える相手側の位置が示されており、「お供としてお仕えしている」の意です。丁寧ではなく謙譲です。

手順② 動作の主体と客体を特定する

種類が決まったら、探すべき人物が自動的に決まります。

敬語の種類 探すもの 問い方
尊敬語 主体 その動作を「する」のは誰か
謙譲語 客体 その動作が「向かう」のは誰か
丁寧語 不要 主体も客体も見なくてよい

丁寧語のときに主語を探し始める人が多いのですが、時間の無駄です。丁寧語は主体・客体と無関係です。

なお主体の特定そのものが難しい場合は、主語判定の技術が必要になります。詳しくはshugo-hanteiで扱います。

手順③ 敬意の出所を決める

ここは文の種類だけで決まります。内容は一切見ません。

その一文の位置 敬意の出所
地の文(「」の外) 作者
会話文(「」の中) その会話の話し手
手紙文・消息文 その手紙の書き手
心内文(心中の思い) そう思っている人物

📖 大切な定義

大切な定義 敬意の出所とは、その敬語を発している人物であり、地の文なら作者、会話文ならその会話の話し手に一意に決まる。

👀 ここに注目

ここに注目 「地の文なのに、登場人物が敬っているように読める」場面が出てきます。それでも出所は作者です。作者が、その人物を高く扱っているのです。ここで揺れないことが、記述式で減点されない条件になります。

手順④ 誰への敬意かを決める

敬語の種類 敬意の宛先
尊敬語 主体(手順②で特定した人)
謙譲語 客体(手順②で特定した人)
丁寧語 聞き手(地の文なら読者)

答案の形は常にこうなります。

〈手順③で出した出所〉から〈手順④で出した宛先〉への敬意

4-5. 4手順の通し演習 —『更級日記』の夢の場面

実際に通してみます。『更級日記』(更級日記)で、作者が初瀬詣での途中に見た夢の場面です。

いみじくやむごとなく清らなる女のおはするに參りたれば、風いみじう吹く。見つけてうち笑みて、「何しにおはしつるぞ」と問ひ給へば、「いかでかは參らざらむ」と申せば……と宣ふと思ひて、嬉しくたのもしくて、いよ〔いよ〕念じ奉りて、初瀬川などうち過ぎて、その夜御寺にまうで著きぬ。 (『更級日記』/踊り字が底本で落ちている箇所を〔 〕で補いました)

短い範囲に七つの敬語があり、しかも出所が途中で二度入れ替わります。順に処理します。

敬語 ①種類 ②主体/客体 ③出所 ④宛先
おはする 尊敬(本動詞) 主体=女(神仏の化身) 地の文=作者
參り 謙譲(本動詞) 客体=女 地の文=作者
おはしつる 尊敬(本動詞) 主体=作者 会話文= 作者
問ひ給へ 尊敬(補助動詞) 主体=女 地の文=作者
參らざらむ 謙譲(本動詞) 客体=女 会話文=作者
申せ 謙譲(本動詞) 客体=女 地の文=作者
念じ奉り 謙譲(補助動詞) 客体=仏 地の文=作者

三つ目の「おはしつる」に注目してください。作者に対して尊敬語が使われています。作者は自分を敬いません。しかしこれは会話文の中で、話し手は夢に現れた女です。女から作者への敬意なので何の矛盾もありません。逆に、ここを「作者から」と答えると即座に×です。

💡 ポイント

ポイント 「誰から」を毎回書き換えるのが面倒に感じるかもしれませんが、出所が動く箇所こそ設問になります。地の文と会話文の境目に傍線が引かれていたら、まず出所の交代を疑ってください。


5. 二方面への敬語 — 一動作で二人を高める

📖 大切な定義

大切な定義 二方面への敬語とは、一つの動作に謙譲語と尊敬語を重ねて用い、客体と主体の両方を同時に高める表現である。

語順は原則として固定です。謙譲語が先、尊敬語が後に来ます。

  • 聞こえ給ふ … 客体へ謙譲+主体へ尊敬
  • 奉り給ふ … 同上
  • 申し給ふ … 同上
  • 候ひ給ふ … 同上

『増鏡』に、教科書的なほど整った実例があります。後鳥羽院が、直前の本文で「二宮」と呼ばれる皇子(修明門院を母とする、のちの順徳天皇)を寵愛する場面です。

この御子を、院かぎりなくかなしき物に思ひ聞えさせ給へれば、二なくきよらを尽し、いつくしうもてかしづき奉り給事なのめならず。終に同じ四年十一月に、御位につけ奉り給ふ。 (『増鏡』)

三つ入っています。

表現 分解 誰から 誰へ
思ひ聞こえさせ給へ 聞こゆ(謙譲)+させ給ふ(尊敬) 作者 御子(謙譲分)+院(尊敬分)
もてかしづき奉り給ふ 奉る(謙譲)+給ふ(尊敬) 作者 御子+院
御位につけ奉り給ふ 奉る(謙譲)+給ふ(尊敬) 作者 御子+院

いずれも動作をするのは院、動作を受けるのは御子です。謙譲語の側に客体(御子)、尊敬語の側に主体(院)が対応します。この対応さえ押さえれば、二方面は難しくありません。

なお一つ目の「聞えさせ給へ」は、第2章の一覧にある謙譲語「聞こえさす」に「給ふ」がついた形と切ることもできそうに見えます。しかしここは「聞こゆ(謙譲)+させ(尊敬の助動詞)+給ふ(尊敬の補助動詞)」と切ります。この作品では院の動作にほぼ一貫して「させ給ふ」が用いられており、直後の二例が同じ主体に対して「奉り給ふ」という謙譲+尊敬の形をとっていることも、この切り方を支えます。

さらに同じ作品には、後鳥羽院が修明門院に使者を送る場面があります。

なにがしの中将を御使ひにて、修明門院の御方へ、「何にても、男どもにたまはせぬべからん賭物」と申させ給ひたるに (『増鏡』)

「申させ給ふ」は、申す(謙譲、客体=修明門院)+させ給ふ(尊敬、主体=院)。作者から見て、院と修明門院の両方が高い人物であることが一語で分かります。

💡 ポイント

ポイント 二方面への敬語は、人物関係の証拠です。「誰が誰より上か」ではなく、「作者から見て、この二人は両方とも敬意の対象である」ことを示します。『源氏物語』のように登場人物が多く、しかも身分差が読解の鍵になる作品では、この標識を拾えるかどうかが理解の分かれ目になります。


6. 最高敬語(二重敬語)— 人物特定のヒントになる

📖 大切な定義

大切な定義 最高敬語(二重敬語)とは、尊敬語を二つ重ねて、天皇・上皇・中宮など最上級の人物にのみ用いる敬語である。

主な形は次の通りです。

構成
せ給ふ/させ給ふ 尊敬の助動詞「す・さす」+尊敬の補助動詞「給ふ」 渡らせ給ふ/過ごさせ給ふ
しめ給ふ 尊敬の助動詞「しむ」+「給ふ」 漢文訓読体に多い
おはします 「おはす」+「ます」
のたまはす 「のたまふ」+「す」
思し召す 「思す」+「召す」
聞こしめす 「聞こす」+「めす」

👀 ここに注目

ここに注目 「仰せらる」を「せ給ふ」型と同じものとして覚えないでください。これは「仰す(尊敬の本動詞)+らる(尊敬の助動詞)」であって、「す・さす+給ふ」ではありません。同様に「御覧ぜさす」は「ご覧に入れる・お見せ申し上げる」の意で使われるのが普通で、最高敬語ではなく使役と結びついた用法です。二重敬語の形は、上の表の六つで押さえておけば足ります。

『増鏡』は後鳥羽院を中心に据えた歴史物語なので、院に関わる動作にはほぼ一貫して最高敬語が用いられます。

かくて院の上は、ともすれば水無瀬殿にのみ渡らせ給ひて、琴笛の音につけ、花紅葉の折々にふれて、よろづの遊びわざをのみ尽くしつゝ、御心ゆくさまにて過ごさせ給ふ。 (『増鏡』)

「渡らせ給ふ」「過ごさせ給ふ」がいずれも最高敬語です。また、

大かた、この院の上は、よろづの事にいたり深く、御心も花やかに、物にくはしうぞおはしましける。 (『増鏡』)

の「おはします」も同様です。

6-1. 「せ給ふ」の使役/最高敬語の見分け(サブ手順)

「す・さす」には使役の用法もあるため、次の順で判定します。

  1. 「す・さす」の直後が「給ふ・おはします」など尊敬語か → 違えば使役で確定
  2. 本文に使役の対象(「〜に」「〜して」に当たる人物)があるか → あれば使役+尊敬
  3. 対象がなく、主体が天皇・上皇・中宮などか → 最高敬語

1で使役だと確定しなかったときは、実質の決め手は2です。「誰々に〜させなさる」と訳して文脈が通るなら使役、通らないなら最高敬語だと考えてください。助動詞「す・さす・る・らる」自体の識別はru-raruで詳述します。

6-2. 最高敬語から人物を特定する

入試で最高敬語が効くのは、主語が省略されているときです。古文では主語が頻繁に省かれますが、敬語の高さは省かれません。

動作に最高敬語がついている → その主体は、その場面の最上位人物

歴史物語ではこれが決定的に働きます。『大鏡』(大鏡)は、雲林院の菩提講で老翁が語るという設定で、帝と藤原道長を中心に描かれます。この作品では、帝や道長の動作に用いられる敬語と、その他の人物に用いられる敬語との間に段差が置かれるため、主語が書かれていない一文でも、敬語の高さから「これは帝の動作だ」「これは道長の動作だ」と絞り込むことができます。国強塾では、鏡物を読むときはまず「その場面の最上位は誰か」を確定させ、そこから敬語の段差で他の人物を配置する読み方を勧めています。

なお本記事では『大鏡』の原文は引用していません。当アーカイブの取得済みテキストに『大鏡』が含まれていないためです。同じ鏡物である『増鏡』は、その冒頭で自らの先行作品として『大鏡』に言及しています。

かの雲林院の菩提講に参りあへりし翁の言の葉をこそ、仮名の日本紀にはすめれ。 (『増鏡』序)

この一文の「参りあへりし」も謙譲語です。菩提講という場に対する敬意が、作者から示されています。


7. 絶対敬語 — 相手が語で決まる

📖 大切な定義

大切な定義 絶対敬語とは、敬意の対象が特定の身分に固定されている敬語であり、「奏す」は天皇・上皇に、「啓す」は中宮・皇太子に申し上げる意で用いる。

この二語は、文脈を読まなくても客体が決まるという点で他の敬語と決定的に違います。手順②(客体の特定)を飛ばせるのです。

その由奏しければ、「今更に見えじとなり、いとからい心かな」とぞ、宣はせける。 (『増鏡』)

「奏し」があるだけで、申し上げた相手が天皇(または上皇)だと確定します。そして返答の「宣はせ」は「のたまはす」で最高敬語ですから、答えているのがその天皇(上皇)であることも裏づけられます。一文の中で、絶対敬語と最高敬語が互いに人物を保証し合っているわけです。

👀 ここに注目

ここに注目 「奏す」を単に「申し上げる」と訳して済ませると、記述式では情報が落ちます。「(帝に)奏上した」と、相手を明示して訳すのが安全です。


8. 入試での問われ方

8-1. 問われ方の4類型

(1) 敬語の種類を答えさせる 「傍線部の敬語の種類を、尊敬語・謙譲語・丁寧語から選べ」という直球型。「給ふ」の下二段、「奉る」「参る」の尊敬用法、「侍り」「候ふ」の二用法が狙われます。

(2) 敬意の方向を答えさせる 「誰から誰への敬意か」を選択肢または記述で問う型。本記事の4手順がそのまま解法になります。

(3) 最高敬語から人物を特定させる 主語が省略された傍線部について「主語は誰か」を問う型。敬語の段差を根拠に答えます。歴史物語・日記文学で多い形です。

(4) 二方面の敬語から人物関係を読ませる 傍線部の解釈問題・内容説明問題の中に、二方面の処理が組み込まれている型。表面上は「敬語の問題」に見えません。

8-2. 記述式では敬語が直接得点になる

選択式なら消去法が効きますが、記述式では逃げ道がありません。todai-kobun(東京大学の古文)は解答がすべて記述で、傍線部の現代語訳と内容説明を文章で書かせます。訳を書く以上、主語と客体を日本語として補わなければ答案が成立しません。その補い方の根拠が敬語です。

東京大学の実出典を見ると、敬語処理の負荷が高い作品が並びます。

年度 出典 ジャンル
2026 狭衣物語 作り物語
2024 讃岐典侍日記 日記
2022 浜松中納言物語 作り物語
2021 落窪物語 作り物語
2017 源氏物語(真木柱) 作り物語
2001 栄花物語(巻二七) 歴史物語

(出典:実出典データベース。年度・作品名は記録にあるもののみ)

8-3. 『讃岐典侍日記』という試金石

讃岐典侍日記(讃岐典侍日記)は、堀河天皇に仕えた典侍・藤原長子が、天皇の病と崩御、そして幼い鳥羽天皇への出仕を書いた日記です。書き手が宮中の女房であり、書かれる対象が天皇であるという構造上、敬語が途切れることがありません。国強塾では、敬語の方向を訓練する題材としてこの作品を最重視しています。

実出典の記録は以下の通りです。

年度 大学 学部・区分
2024 東京大学 文科・理科共通
2022 九州大学 文学部
2020 神戸大学 文系
2008 早稲田大学 教育
1963 九州大学
1973-1994(年度個別未特定) 名古屋大学 文系・理系共通

(出典:実出典データベース)

旧帝大系と難関私大の双方に、しかも半世紀以上にわたって出続けている作品です。「敬語で人物関係を追える受験生かどうか」を測る材料として選ばれている、と国強塾では読みます。

8-4. 歴史物語という出題群

最高敬語と二方面の練習に最適なのは歴史物語です。実出典の記録では、大鏡(大鏡)10件、今鏡(今鏡)10件、増鏡(増鏡)9件、栄花物語(栄花物語)10件が確認できます。共通テスト・センター試験でも、2022年本試で『増鏡』、2021年本試(第1日程)で『栄花物語』、2021年特例追試で『今鏡』、1993年本試で『今鏡』、1996年本試・1992年追試で『栄花物語』が出題されています(出典:実出典データベース)。共通テストの出典傾向はkyotsu-kobun-shuttenにまとめています。

これらは天皇・摂関を中心に据えるため、最高敬語が主語特定に直結するという特徴を共有します。歴史物語を一つ通読しておくと、敬語の段差に対する感覚が一段変わります。


9. よくある誤答パターン — 選択肢はこう作られる

出題者は、受験生が踏む型を知った上で誤答選択肢を作ります。代表的な八つを挙げます。

① 出所と宛先を取り違える 「作者から院への敬意」と「院から作者への敬意」を入れ替えた選択肢。最も多い作り方です。手順③と④を分けていれば防げます。

② 会話文なのに「作者から」と答えさせる 傍線部が「」の中にあるのに、選択肢に「作者から〜への敬意」が混ぜてある型。傍線部が引かれたら、まずその位置が「」の内か外かを見るのが鉄則です。

③ 謙譲語の宛先を主体だと思わせる 「聞こゆ」「奉る」で、動作をしている人の方を宛先にした選択肢。謙譲語は客体を高めます。

④ 「給ふ」の下二段を尊敬語として処理させる 会話文中の「思ひ給ふる」「見給へ」などを「お思いになる」と訳させる型。主語が一人称なら下二段を疑います。

⑤ 「奉る」「参る」の尊敬用法を見落とさせる 「御衣奉る(お召しになる)」「大御酒参る(召し上がる)」のような用法。その動作の主語が高位の人物で、しかも着る・食う・飲む・乗るの意味なら尊敬です。謙譲と決めつけると宛先が逆になります。

⑥ 「侍り」「候ふ」を一律に丁寧語だと処理させる 「〜に候ふ」の形で仕える相手が示されていれば謙譲です。

⑦ 「聞こゆ」を一律に謙譲語だと処理させる 「聞こゆ」には「聞こえる」「評判である」「(〜と)申し上げる=〜と呼ばれる」という一般動詞の用法があります。『増鏡』の「院に候ふ民部卿の典侍と聞ゆるは、定家の中納言の娘なり」の「聞ゆる」は、「〜と申し上げる(=そう呼ばれている)」の意です。人物の呼称に付く「〜と聞こゆ」は、この用法を疑ってください。

⑧ 「せ給ふ」を使役と最高敬語のどちらかに決め打ちさせる 本文に使役の対象があるかどうかで決まります。決め打ちは危険です。

💡 ポイント

ポイント ①〜⑧はすべて、手順を飛ばしたときにだけ起きる誤りです。逆に言えば、4手順を毎回律儀に踏むだけで、この八つは自動的に回避できます。読解全体の手順はkobun-dokkai-tejunで扱います。


10. 確認テスト(5問)

問1

次の『更級日記』の一節について、傍線部「さぶらひ」「まかで」の敬語の種類と、誰から誰への敬意かをそれぞれ答えなさい。

三日さぶらひて、曉まかでむとて打ちねぶりたるよさり、御堂のかたより……

<details> <summary>解答・解説</summary>

解答:どちらも謙譲語。作者から、寺(の本尊)への敬意。

解説:「さぶらふ」は「あり・をり」の謙譲で「伺候する・お仕えする」、「まかづ」は「出づ」の謙譲で「退出する」。ここでの舞台は初瀬の御寺なので、伺候する先・退出する先は寺(本尊)です。地の文なので出所は作者。手順③で位置(地の文)を確認し、手順④で謙譲語→客体、と機械的に処理できます。「さぶらふ」を丁寧語と取ると、聞き手が誰かを探す羽目になり、答えが出なくなります。仕える相手が示されている(御寺に三日間いた)ため謙譲です。 </details>

問2

次の『増鏡』の一節の傍線部を分解し、「誰から誰への敬意か」を、含まれるすべての敬意について答えなさい。

この御子を、院かぎりなくかなしき物に思ひ聞えさせ給へれば、……

<details> <summary>解答・解説</summary>

解答:「聞こえ」=謙譲語、作者から御子への敬意。「させ給へ」=最高敬語(尊敬)、作者から院への敬意。二方面への敬語。

解説:手順①で「聞こゆ=謙譲、させ給ふ=尊敬」と分けます。手順②で、思う動作をするのは院(主体)、思われるのは御子(客体)。手順③、地の文なので出所は作者。手順④、謙譲語は客体=御子へ、尊敬語は主体=院へ。なお「させ給ふ」は使役の対象が本文にないので使役ではなく、主体が上皇(後鳥羽院)であることからも最高敬語と判断できます。 </details>

問3

次の『更級日記』の会話部分について、傍線部「おはし」と「參ら」の敬意の出所(誰からの敬意か)を、それぞれ答えなさい。

「何しにおはしつるぞ」と問ひ給へば、「いかでかは參らざらむ」と申せば

<details> <summary>解答・解説</summary>

解答:「おはし」=夢に現れた女からの敬意(宛先は作者)。「參ら」=作者からの敬意(宛先は女)。

解説:二つの傍線部はどちらも「」の中にありますが、話し手が違います。前者は女の発話、後者は作者の発話。したがって出所が入れ替わります。作者が自分に尊敬語を使うことはありませんが、他人が作者に対して尊敬語を使うのは当然です。会話文が連続する箇所では、話者交代のたびに出所を引き直すことが要点です。 </details>

問4

次の『増鏡』の一節の傍線部について、なぜ「二方面への敬語」といえるのかを説明しなさい。

摂政殿、左の大臣、皆御供に候ひ給ふ

<details> <summary>解答・解説</summary>

解答:「候ふ」が謙譲語としてお仕えする相手(御供として付き従っている貴人)を高め、「給ふ」が尊敬語として動作の主体である摂政殿・左大臣を高めており、一つの動作で客体と主体の両方に敬意が向いているから。

解説:「候ふ」を丁寧語と取ると二方面が成立しません。ここでは「御供に」があるため、仕える相手が存在する=謙譲と判定します(第4章のサブ手順2)。摂政・左大臣という高位の人物にさらに「給ふ」が付くことで、その二人が付き従っている相手はさらに上位だと分かります。二方面の敬語は、書かれていない人物の身分まで教えてくれるという点が重要です。 </details>

問5

次の『増鏡』の会話文中の傍線部「給ふる」は、四段活用の「給ふ」ではなく下二段活用の「給ふ」である。そう判断できる根拠を三つ挙げなさい。

年のつもりたらん人もがなと思ひ給ふるに、嬉しきわざかな

<details> <summary>解答・解説</summary>

解答:(1) 活用形が「給ふる」で、四段活用にはない下二段の連体形であること。(2) 直前が「思ふ」という思考の動詞であること。(3) 会話文の中にあり、主語が話し手自身(一人称)であること。

解説:下二段の「給ふ」は謙譲語(丁重語)で、「〜ております・〜ます」と訳し、話し手が自分の行為を丁重に述べる語です。四段の尊敬「給ふ」と違い、命令形がなく、会話文・手紙文・心内文の外には出ません。ここを尊敬と取ると「(自分が)お思いになる」という破綻した訳になります。訳は「年を重ねた人がいてほしいと存じておりましたところ」程度になります。 </details>


11. 関連ページ

  • shugo-hantei … 主語判定。敬語の手順②(主体・客体の特定)と表裏一体の技術です。
  • ru-raru … 「す・さす・る・らる」の識別。最高敬語と使役・受身の切り分けに必要です。
  • jodoshi-shikibetsu … 助動詞全体の識別。敬語の下に付く助動詞の処理に使います。
  • kobun-dokkai-tejun … 読解全体の手順。敬語をどの段階で処理するかを位置づけます。
  • 増鏡 … 増鏡。本記事の実例の多くをこの作品から引きました。
  • 大鏡 … 大鏡。最高敬語による人物特定の代表的な訓練材料です。
  • 更級日記 … 更級日記。地の文と会話文で敬意の出所が入れ替わる好例です。
  • 讃岐典侍日記 … 讃岐典侍日記。天皇に仕える書き手による日記で、敬語処理の負荷が高い作品です。
  • 源氏物語 … 源氏物語。二方面への敬語から人物関係を読む訓練の本丸です。
  • 栄花物語 … 栄花物語。今鏡 … 今鏡。いずれも歴史物語で最高敬語が主語特定に直結します。
  • 枕草子 … 枕草子。中宮定子に仕える書き手として、「啓す」を含む敬語の使い分けが読めます。
  • todai-kobun … 東京大学の古文。記述式で敬語が直接得点になる代表例です。
  • kyotsu-kobun-shutten … 共通テストの古文出典。歴史物語の出題状況を確認できます。
  • kobun-pillar … 古文アーカイブの総目次です。

12. 本文・データの出所

  • 古文の引用本文:本記事に引用した『増鏡』は、ja.wikisource.org 所収の「増鏡(校註増鏡)」(パブリックドメイン)から取得したテキスト(data/texts/masukagami/)に拠ります。『更級日記』は同じく ja.wikisource.org から取得したテキスト(data/texts/sarashina-nikki/)に拠ります。〔 〕は底本の校訂者による補い、および踊り字(繰り返し記号)が取得時に脱落した箇所を当塾で補った印です。現代の校訂本文(新編日本古典文学全集・新潮日本古典集成・岩波新大系・角川ソフィア文庫等)からの転載は行っていません。
  • 現代語訳:すべて国強塾が独自に作成したものです。他サイトの訳文は使用していません。
  • 出題データ:年度・大学名・作品名は実出典データベース(実出典793件)に記録のあるもののみを記載しました。同ファイルの一次情報源は、河合塾の本試分析PDF「出典」欄、大学入試センターの公表資料、大学公式の出題意図・問題PDF、代々木ゼミナールの解答速報、および「国語入試資料@ウィキ」です。記録にない年度・大学については、本記事では一切言及していません。
  • 文法記述:敬語の分類・活用・用法についての記述は、高等学校古典文法の標準的な体系に拠ります。個々の作品の読み方について当塾の見解を示した箇所は、「国強塾では〜と読みます」と主体を明示しました。
  • 数値について:「出題率◯%」のような、根拠を示せない数値は本記事では使用していません。件数を挙げた箇所は、いずれも実出典データベースの実レコード数です。

監修:藤原進之介(数強塾グループ代表)/執筆:国語専門塾「国強塾」by数強塾グループ


監修:藤原進之介(数強塾グループ代表)/執筆:国語専門塾「国強塾」by数強塾グループ
本記事の現代語訳・解説は国強塾のオリジナルです。学校の課題・定期テストでは、担任の先生・担当講師の指示を優先してください。

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