2025年の共通テスト本試験で古文の出典になった、と聞いて驚いた受験生は多いはずです。『在明の別』は、教科書にはまず載りません。市販の文学史暗記カードにも、たいてい入っていません。それなのに、共通テストで出た。しかも『源氏物語』と並べて出た。
ここで「マイナー作品も覚えなければ」と考えるのは、遠回りです。国強塾がこの記事で示したいのは逆の結論です。『在明の別』は、知識で解く作品ではなく、読解手順で解く作品である。 出題者もそのつもりで選んでいます。だからこの記事は、あらすじを覚えるためではなく、初見の擬古物語を落ち着いて読み切る手順を身につけるために書かれています。
この記事で分かること
- 『在明の別(有明の別れ)』のあらすじ・作者・成立と、「擬古物語」という枠の意味
- 国強塾の実出典データベース(793件)に記録のある出題3つの機会(データ上5行)──2025年共通テスト本試、2016年九州大学、2006年立教大学文学部
- なぜ「教科書に載らない作品」が共通テストに選ばれたのか、データから読めること
- 男装の主人公を、呼称・敬語・視点の3点セットで追う具体的な手順
- 受験生が最も混同する『とりかへばや物語』との識別ポイント
1. 作品プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ジャンル | 擬古物語 |
| 成立 | 鎌倉時代 |
| 作者 | 未詳 |
| 分量 | 三巻構成の長編(伝本により巻立て・本文に差があります) |
| 難度 | ★★★★★(5)※国強塾の判定。主語・呼称の追跡難度に基づく |
| 出題ランク | S(国強塾マスタの頻度ランク) |
| 主な実出題 | 2025年 共通テスト(本試)/2016年 九州大学(共通問題)/2006年 立教大学(文学部) |
| 読解キー | 男装の姫君。呼称の切り替わり |
📖 大切な定義
大切な定義:擬古物語とは、平安時代の作り物語の文体と型を、後の時代(主に鎌倉期以降)の作者が意識的に模倣して書いた物語群のことである。
「擬古」は「古(いにしえ)に擬(なぞら)える」と読みます。つまり作者は、自分の生きる鎌倉時代を書いているのではなく、平安の宮廷という「すでに過ぎ去った世界」をわざと再現しているわけです。ここが読解上きわめて重要です。擬古物語の文章は、平安の作り物語より整っていることさえあります。理由は簡単で、手本があるからです。手本とは『源氏物語』です。
2. あらすじ
高位の貴族の家に、たいそう美しい姫君が生まれます。父はこの子を女として奥に籠らせておくことを惜しみ、男君として育てるという決断をします。裳着ではなく元服をさせ、男の名で呼ばせ、そのまま宮仕えに出す。姫君は学識にも管絃にも抜きん出ており、宮中でたちまち頭角を現して、ついには大将の位にまで昇ります。世間はこの人を、まぎれもない当代随一の貴公子として遇します。作中でこの主人公を指す名が、書名にもなっている「有明(在明)」です。
ただし本作の主人公は、単に「男の姿をした女性」ではありません。人の目から自分の姿を隠す不思議な力を身につけているとされ、その力を使って夜の宮中を動きます。窮地にある女性のもとへ現れ、助け、また消える。この超自然的な設定が、『在明の別』を同じ「男装の姫君もの」から際立たせている最大の特徴です。
男として生きる以上、結婚を避けることはできません。主人公は女君たちと縁を結びますが、その関係は世間の期待する夫婦の実質を持ちません。にもかかわらず、彼女たちは主人公を深く慕います。ここに本作独特の切なさがあります。同時に主人公自身も、男性たちから熱心に想いを寄せられ、それをかわし続けなければなりません。追う側と追われる側を、一人の人物が同時に担う。 これが物語を駆動する緊張です。
やがて主人公は、男としての生を続けることの限界に直面します。物語の中ほどで、「有明の君」という存在を世から消し、女性として生き直す道を選びます。男装の主人公が忽然と姿を消したことは、周囲には失踪あるいは死として受け取られ、宮中には大きな喪失感が残ります。書名の「別(わかれ)」は、この消失と別離の感触を含んだ語として読めます。そして女性の姿に戻った主人公は、あらためて後宮に入り、高い位に至ります。
物語はそこで終わりません。主人公が男であった時代に関わった女君たちのその後、そして次の世代の人物たちの物語が語られ、視点は移っていきます。三巻の構成のなかで、「男装の姫君の一代記」から「その人が残したものの物語」へと重心が移動する。 この二段構えが『在明の別』の骨格です。
👀 ここに注目
ここに注目:あらすじを丸暗記しても、入試ではほとんど役に立ちません。出題されるのは全体のごく一部だからです。役に立つのは「この作品ではこういうことが起こりうる」という許容範囲の感覚です。男が女に戻る。人が消える。慕う相手が実は同性である。この三つが起こりうる世界だと知っているだけで、初見の本文で「読み間違えたか?」と焦る回数が激減します。
3. 押さえておきたい定義
📖 大切な定義
大切な定義:男装の姫君とは、家の事情によって女性でありながら男性として育てられ、男性として官職に就く物語主人公の類型である。
📖 大切な定義
大切な定義:呼称とは、古文において人物を固有名ではなく官職・住居・血縁・年齢順などで指し示す言い方であり、同一人物であっても場面や語り手の立場によって変わりうるものである。
📖 大切な定義
大切な定義:複数テクスト問題とは、一つの大問に二つ以上の文章(または文章と資料・注・会話)を並べ、その関係を読み取らせる出題形式である。
この三つは、本作を読むときにそのまま道具になります。順に効いてきます。
4. 入試での出方 ── ここが記事の核
国強塾の実出典データベース exam_evidence.csv(全793件)に記録のある『在明の別(有明の別れ)』の出題は、以下がすべてです。同一の試験が表記違いで二重に記録されている行があるため、機会としては3つ、行数としては5行になります。
| 年度 | 大学・試験 | 学部/区分 | データ上の作品表記 | 出所 |
|---|---|---|---|---|
| 2025 | 共通テスト | 本試 | 在明の別 | 敬天塾・河合塾速報で個別確認 |
| 2016 | 九州大学 | 共通 | 在明の別(有明の別れ) | 国語入試資料@ウィキ/河合塾分析PDF |
| 2016 | 九州大学 | (区分表記なし) | 有明の別れ | 国語入試資料@ウィキ(大学別ページ) |
| 2006 | 立教大学 | 文 | 在明の別(有明の別れ) | 国語入試資料@ウィキ |
| 2006 | 立教大学 | (区分表記なし) | 有明の別れ | 国語入試資料@ウィキ(大学別ページ) |
ここから読み取れることを、データに沿って順に述べます。
(1)出題層が三つに割れている。 2006年は私大文系(立教大学文学部)、2016年は旧帝大の二次試験(九州大学)、2025年は共通テスト。私大・国公立二次・共通テストの三層すべてに実績があるということです。件数は多くありませんが、「特定の層だけが好む作品」ではないことがはっきり分かります。「難関私大対策だから関係ない」「共通テストだけだから関係ない」という切り捨て方が、この作品については成り立ちません。
(2)2025年共通テスト本試では『源氏物語』と併用された。 同じ年度・同じ試験区分に『源氏物語』の記録があり、国強塾の作品マスタでも『源氏物語』の実績欄に「2025共テ(本試)『若菜/在明の別と併用』」と明記されています。つまりこの回は、『源氏物語』(若菜)と『在明の別』を並べて読ませる複数テクスト形式でした。ここが決定的です。擬古物語は『源氏物語』を手本に書かれたジャンルですから、「手本」と「模倣作」を並べれば、その関係そのものを設問にできる。出題者にとって、この組み合わせは極めて作問しやすい。逆に言えば、受験生が準備すべきは『在明の別』の知識ではなく、二つの文章の対応関係を読み取る力だったということです。
(3)2016年九州大学は区分欄が「共通」だった。 同じ2016年の九州大学には、文学部の問題として『弁内侍日記』の記録が別に残っています。つまりこの年、文学部には文学部の出典があり、『在明の別』はそれとは別の枠に置かれていた、ということです。国強塾はここを次のように読みます。複数学部が同じ問題を解く枠に置かれた以上、出題者は「予備知識がなくても本文だけで解ける」と見積もっていたはずだ。 マイナー作品を専門学部だけに当てたのではなく、本文で完結する設計にしたうえで広く配った。あくまで区分欄からの推測ですが、受験生にとっての実際的な含意ははっきりしています。作品名を知らないことは、失点の理由にならない。
(4)「頻度ランクS」と実出題件数のずれ。 国強塾の作品マスタで本作は頻度ランクSです。しかし実出典データベースの記録は3機会。この乖離は矛盾ではありません。ランクは「出題回数の多さ」ではなく「受験生が押さえておくべき度合い」を表す指標として付けられており、直近の共通テスト本試で出たという事実が強く効いています。過去に何度出たかより、どの試験で出たかのほうが、受験生にとっての重みは大きい。 ランクSはそういう意味です。
(5)同一年度の追試には『とりかへばや物語』がある。 2025年の共通テストは、本試が『在明の別』、追試が『とりかへばや物語』でした(いずれもデータベースに記録があります)。同じ年に、男装/性別越境という同系統の設定が二度使われている。 これは事実です。ただし「来年も出る」と言えるわけではありません。的中を当て込むのではなく、この系統に出題者の関心が向いた形跡として頭の隅に置く。その距離感が正しい使い方です。
まとめると、この作品の対策は「作品を覚える」ではありません。「擬古物語という枠の読み方」と「『源氏物語』との対応を見る目」を用意しておくこと。それが、データの示す最も合理的な準備です。
5. この作品を読むときの型
擬古物語には、ジャンルとして共有された骨組みがあります。『源氏物語』を手本にしている以上、当然です。初見の本文でも、次の順で当てはめれば筋は追えます。
擬古物語の基本パターン
① 垣間見(かいまみ)── 男が偶然、女の姿を見る ② 懸想(けそう)── 見た男が想いを寄せる ③ 和歌の贈答 ── 想いを歌でやりとりする(返歌の有無・調子が関係の温度計) ④ 障害 ── 身分差・親の反対・すでに他の縁がある・出家など ⑤ 帰結 ── 成就・断念・出家・死別のいずれか
この五段は、擬古物語の場面のほとんどをどこかに収めます。初見の本文を開いたら、まず「今この場面は①〜⑤のどこか」を決める。それだけで、誰が誰に何をしているのかの見当がつきます。
そのうえで、『在明の別』にはこの型の上書きルールが三つ加わります。
上書き① ②の矢印が二方向に走る。 ふつうの擬古物語では、懸想する側=男、される側=女で固定です。本作の主人公は、男として女に懸想し、同時に女として男から懸想されます。「懸想の矢印の向き」を場面ごとに確認する必要があります。
上書き② ③の和歌が本音を漏らす唯一の場所になる。 主人公は地の文でも会話でも身分を偽り続けていますから、素の心情が出るのは和歌と心内語だけです。歌が出てきたら、そこは主人公の内側が見えている場所だと構える。
上書き③ ⑤に「消失」という選択肢が加わる。 成就でも断念でも出家でも死別でもなく、姿を消すという帰結がありえます。本作の超自然的な設定が効くのはここです。「いなくなった」という記述を安易に「死んだ」と読まないこと。
👀 ここに注目
ここに注目:型を当てはめる順序が大事です。まず一般型(①〜⑤)、次に作品固有の上書き。 逆にすると、特殊事情ばかりに気を取られて筋を見失います。初見の作品ほど、一般型から入ってください。
6. つまずきポイント
(1)呼称が入れ替わる。 主人公は「男としての官職名」で呼ばれる場面と、女性として扱われる場面とで、指し示され方が変わります。同じ人物が違う名で出てくる/違う人物が似た名で出てくる。 対策は機械的です。本文に出てきた呼称をすべて余白に書き出し、同一人物と判断できたものを線で結ぶ。 これを設問を読む前にやる。5分かかっても、結果的に速いです。
(2)敬語は性別ではなく身分を示す。 ここが最大の落とし穴です。受験生は無意識に「高い敬語=身分の高い男性」と結びつけがちですが、敬語が示しているのはその場での社会的な位置であって、生物学的な性別ではありません。本作では、男として大将の位にある主人公に、その位にふさわしい敬語が使われる。敬語から性別を推定しようとすると必ず崩れます。敬語は「誰が誰より上か」だけを教えてくれる道具だと割り切ってください。
(3)主語が省かれる。 古文一般の問題ですが、本作では致命傷になりやすい。敬語の高さ+動作の内容+直前の話題の三つを揃えて判断します。一つでも欠けたら、決めずに保留して読み進める。先の行に答えが書いてあることが非常に多いです。
(4)和歌の修辞。 掛詞・縁語が、主人公の二重性そのものを指すことがあります。とりわけ「有明(ありあけ)」は、夜が明けても空に残っている月を指す語で、別れの朝の景物として和歌の世界で定着しています。 書名にこの語が使われている以上、作中の歌でも別離の含みを帯びる可能性が高い。歌の中の「有明」は景色の描写であると同時に、別れの合図として読む構えを持ってください。
(5)古典常識。 元服と裳着(もぎ)の区別、大将という官職の重さ、後宮に入るとはどういうことか、出家が何を意味するか。本作は、この常識をわざと踏み外すことで物語を作っています。 常識を知らないと、踏み外しに気づけません。
📖 大切な定義
大切な定義:元服とは男子が成人したことを示す儀式であり、裳着とは女子が成人したことを示す儀式である。
7. 国強塾の本質ポイント
構造のレンズ ── なぜ「呼称」がこの作品の文法的な急所なのか
古文が主語を省けるのは、敬語と呼称という二重のマーカーが、省かれた主語を復元してくれるからです。日本語の古文では、動詞に人称変化がありません。代わりに、尊敬語で「誰が」を、謙譲語で「誰に」を絞り込む。この仕組みが働くかぎり、主語は書かなくても伝わります。ところが本作の作者は、その仕組みの片方に負荷をかけました。主人公の呼称が、男としての官職名と女性としての立場のあいだで揺れるからです。ここで起きることは二つです。第一に、呼称マーカーが不安定になるぶん、敬語マーカーへの依存度が跳ね上がる。第二に、読者は「敬語は身分だけを示す」という原則に立ち戻ることを強制される。作者がこの形を選んだ理由は、単なる技巧ではないと国強塾は考えます。呼称が揺れるという事態そのものが、この物語の主題だからです。「有明の君」という呼び名は、社会が主人公に与えた仮の器です。その器が外れたとき人が何になるのかを書くのがこの物語であり、だとすれば呼称の揺れは装飾ではなく本体です。文法事項として覚えるのではなく、「なぜ作者はここで呼び方を変えたのか」と問えるようになったとき、この作品は急に読みやすくなります。
人間のレンズ ── なぜ主人公は「消える」ことを選んだのか
現代の感覚では、正体を明かして生き直せばよいではないか、と思えます。しかし平安・鎌倉の宮廷社会では、それは選べません。理由は身分制の構造にあります。当時、人が誰であるかは、内面ではなく位階・官職・家柄・血縁という外側の座標で決まりました。主人公は「大将である」という座標を占めているのであって、その座標から降りるとは、社会的な存在そのものを失うことです。しかも偽りが露見すれば、恥は本人だけでなく家全体に及びます。父の判断で始まったことである以上、家の名誉が人質に取られている。だから穏当な移行という選択肢がありません。ここで「姿を消す」という帰結が意味を持ちます。当時の貴族社会には、社会的に死ぬための正規の作法が用意されていました。出家です。世を捨てた者は、以前の座標から切り離されたものとして扱われる。本作の消失は、この作法を物語的に拡張したものと読めます。失踪や死とほぼ同じ効果を持ちながら、当人は生きたまま別の座標に移れる。周囲の嘆きが深いのも当然で、彼らにとってそれは実質的に死別だからです。登場人物の不合理に見える行動は、たいてい当時の社会構造から見れば合理的です。 その順序で考える癖をつけてください。
接続のレンズ ── 数学の証明・現代文の論証と同じ形をしている
本作の読解でやっていることは、「与えられた条件から、書かれていない値を確定する」作業です。これは数学の証明と同じ構造をしています。たとえば主語の特定。使われている敬語の種類(条件A)、動作の内容(条件B)、直前の話題(条件C)。この三つを連立させて、「主語は主人公である」という結論を導く。条件が二つしか揃わなければ結論を出さず保留する──これは数学で、条件が足りないのに答えを書かないのと同じ判断です。古文の主語判定を勘でやっている人は、数学の証明も勘で書いています。 逆も言えます。現代文でも同じです。評論の傍線部設問は、傍線部の内容(結論)に対して、本文中の根拠(条件)を指定して答えさせる形式が中心です。根拠→結論の向きに歩けるかどうかだけを測っている。 小論文もそうで、主張だけを述べた答案が評価されないのは、条件の提示を飛ばしているからです。だから国強塾は、古文を「暗記科目」として教えません。古文は、根拠から結論へ歩く訓練を、日本語の最も省略の多い文体でおこなう科目です。ここで身につけた「決めずに保留する」「三条件が揃ってから確定する」という作法は、そのまま他教科に持ち出せます。
8. 確認テスト
本文を引用せずに答えられる、知識・型・手順を問う3問です。
第1問 『在明の別(有明の別れ)』は「擬古物語」に分類されます。擬古物語とはどういうジャンルか、成立時期と手本になった作品に触れて説明しなさい。また、同じ擬古物語に分類される作品を、本作以外に一つ挙げなさい。
第2問 男装の主人公が登場する本文で、地の文の敬語から性別を推定してはいけないのはなぜですか。理由を述べたうえで、代わりに主語を特定するために使うべき三つの手がかりを挙げなさい。
第3問 2025年の共通テスト本試験では、『在明の別』が『源氏物語』と並べて出題されました。このような複数テクスト形式で、設問として最も作りやすい観点は何だと考えられますか。擬古物語というジャンルの性質を根拠に答えなさい。
解答と解説
第1問(解答) 擬古物語とは、平安時代の作り物語の文体と型を、鎌倉時代以降の作者が意識的に模倣して書いた物語群のこと。手本になったのは主に『源氏物語』である。同ジャンルの作品として、『松浦宮物語』『石清水物語』『苔の衣』『しのびね』『山路の露』などが挙げられる。
(解説) 「擬古」の一語を分解できるかが分かれ目です。「古に擬える」=わざと昔風に書いている、と読めれば、なぜ鎌倉の作品なのに平安風の宮廷が舞台なのかが同時に説明できます。文学史の設問は、作品名を並べさせるより「なぜそう呼ぶのか」を問う形に寄ってきています。用語は、字面ではなく分解して覚えてください。
第2問(解答) 敬語が示すのはその場での社会的な位置(身分の上下)であって、生物学的な性別ではないから。本作の主人公は男として大将の位にあり、その位にふさわしい敬語を受ける。したがって敬語から性別を推定すると必ず破綻する。代わりに用いるべき手がかりは、①敬語の高さ(誰が誰より上か)、②動作の内容、③直前の話題(誰について語られていた流れか)の三つ。
(解説) ここは本作固有の話に見えて、古文全体の原則の確認です。敬語=身分マーカーであるという原則は、男装の主人公という極端な例に当てると、はっきり輪郭が出ます。三条件のうち二つしか揃わないときは、確定させずに保留して読み進める。 これも解答に書けたら十分すぎる出来です。
第3問(解答) 二つの文章の対応関係を問う設問。擬古物語は『源氏物語』を手本として書かれたジャンルであるため、手本(『源氏物語』)と模倣作(『在明の別』)を並べれば、場面設定・人物配置・表現の類似と差異をそのまま比較対象にできる。したがって「一方の場面はもう一方のどこに対応するか」「同じ型を使いながら何をずらしているか」を問う形が最も作りやすい。
(解説) 複数テクスト問題で焦る人は、二つの文章を別々に読もうとします。 そうではありません。並べられている時点で、両者のあいだに関係が仕込まれている。 まず関係を探し、そのうえで細部に降りる。この順序を守るだけで、複数テクスト形式の失点はかなり減ります。国強塾では、複数テクストの大問に入ったら最初に「共通点を一つ、相違点を一つ」書き出すよう指導しています。
9. 💡ポイントコラム:『とりかへばや物語』との識別
💡 ポイント
ポイント:受験生がこの作品で最も間違えるのは、本文の解釈ではなく作品の取り違えです。『在明の別』と『とりかへばや物語』は、どちらも「男装の姫君」が出てきます。文学史の設問で入れ替えると、それだけで失点します。次の三点で切り分けてください。
| 観点 | 在明の別(有明の別れ) | とりかへばや物語 |
|---|---|---|
| ジャンル・成立 | 擬古物語/鎌倉 | 作り物語/平安末 |
| 入れ替わるのは | 一人(女性が男として生きる) | 姉弟の二人(相互に入れ替わる) |
| 超自然的な力 | 姿を隠す力がある | なし |
決め手は「一人か、二人か」です。 『とりかへばや物語』は姉と弟が対になって入れ替わる話で、書名の「とりかへばや」自体が「取り替えたいものだ」という父の嘆きに由来します。対して『在明の別』は、主人公一人が男として立てられる話であり、姿を消す力という超自然的なモチーフを持つ点でも明確に違います。 ジャンル分類も、前者が平安末の作り物語、後者が鎌倉の擬古物語です。
もう一点、出題面での違いも押さえておく価値があります。国強塾のデータベースでは、『とりかへばや物語』の記録は2025年共通テスト追試と1991年センター本試の2件、『在明の別』は3つの機会。どちらも「本文で読まされる作品」として実績があります。 名前だけ覚えて済ませられる作品ではない、ということです。
物語批評の側から補強したい人は、無名草子『無名草子』に当たってください。鎌倉時代の人が同時代の物語をどう評価していたかが分かり、文学史の知識が「並んだ名前の列」から「関係のある地図」に変わります。
10. 関連ページ
- とりかへばや物語 ── 『とりかへばや物語』。本作と最も混同されやすい作品。2025年は本試が『在明の別』、追試がこちらでした。
- 源氏物語 ── 『源氏物語』。擬古物語すべての手本であり、2025年共通テスト本試で本作と併用された作品。主語省略と二方面敬語はここで固めます。
- 狭衣物語 ── 『狭衣物語』。『源氏』の影響が濃く、心内語が長い平安後期の作り物語。心の中の言葉を追う練習に。
- 松浦宮物語 ── 『松浦宮物語』。鎌倉初期の擬古物語で、藤原定家作とする説があります。擬古物語の枠を実感するのに最適。
- 石清水物語 ── 『石清水物語』。武士を主人公に据えた鎌倉の擬古物語。2023年共通テスト追試の出典。
- 苔の衣 ── 『苔の衣』。出家譚を軸にした鎌倉の擬古物語。本作の「世を捨てる」という選択を理解する助けになります。
- 山路の露 ── 『山路の露』。鎌倉の擬古物語で、『源氏物語』宇治十帖の続編、浮舟の後日談にあたります。手本と模倣作の関係が最も見えやすい一作。
- しのびね ── 『しのびね』。短編的で読みやすい鎌倉の擬古物語。擬古物語の型を最初に身につけるならここから。
- 我が身にたどる姫君 ── 『我が身にたどる姫君』。鎌倉の擬古物語。人物関係が入り組んでおり、呼称を追う訓練の相手として本作の次に置くと効きます。
- 夜の寝覚(夜半の寝覚) ── 『夜の寝覚(夜半の寝覚)』。平安後期の作り物語。女性の内面描写の厚みという点で読み比べられます。
- 弁内侍日記 ── 『弁内侍日記』。2016年の九州大学で、本作と同じ年の文学部側の出典として記録があります。
- 無名草子 ── 『無名草子』。鎌倉時代の物語批評。文学史の背骨になる一冊です。
11. 本文・データの出所
- 出題データ:国強塾が整備した実出典データベース
exam_evidence.csv(全793件)。本記事に掲載した『在明の別(有明の別れ)』の記録5行は、同データベースにある全件です。作品表記は「在明の別」「在明の別(有明の別れ)」「有明の別れ」の3通りで登録されており、部分一致で検索して統合しています。出所欄はそれぞれ「敬天塾・河合塾速報で個別確認」(2025年)、「国語入試資料@ウィキ/河合塾分析PDF」「国語入試資料@ウィキ(大学別ページ)」(2016年)、「国語入試資料@ウィキ」「国語入試資料@ウィキ(大学別ページ)」(2006年)です。 - 作品情報:国強塾作品マスタ
kobun_master.csv(収録395件)のid=23「在明の別(有明の別れ)」の各欄(ジャンル・成立/作者/頻度ランク/出題傾向・実績/読解キー)。 - 併用出題の確認:同マスタのid=1「源氏物語」の実績欄に「2025共テ(本試)『若菜/在明の別と併用』」の記載があり、これを根拠に2025年共通テスト本試の併用を記述しています。
- 比較対象作品のデータ:同マスタのid=13「とりかへばや物語」、id=16「松浦宮物語」、id=18「石清水物語」、id=28「苔の衣」、id=21「しのびね」、id=82「無名草子」ほか。
- 難度★の評価:国強塾の判定です。主語・呼称の追跡難度を基準にしており、公的な数値ではありません。
- 原文の扱い:本記事の執筆時点で、当パイプラインの取得済み原文(
data/texts/)に『在明の別(有明の別れ)』は収録されていません。したがって本記事では古文原文を一切引用していません。 あらすじは筋の要約として地の文で記述しており、校訂本文・他サイトの現代語訳の転載は行っていません。 - あらすじ・作品像の記述は、出題データではなく一般的な文学史の記述に基づく要約です。本作は伝本によって本文・巻立てに差があり、細部の異同については入試で断定を求められる事項ではありません。
- 出題率などの数値は、根拠のある実数以外は一切記載していません。本記事に出てくる件数は、すべて上記データベースの実記録数です。
監修:藤原進之介(数強塾グループ代表)/執筆:国語専門塾「国強塾」by数強塾グループ
監修:藤原進之介(数強塾グループ代表)/執筆:国語専門塾「国強塾」by数強塾グループ
本記事の現代語訳・解説は国強塾のオリジナルです。学校の課題・定期テストでは、担任の先生・担当講師の指示を優先してください。
