『徒然草』第1段「序段・つれづれなるままに」|品詞分解・現代語訳・入試ポイント

【2026-09-05 訂正】以前の版では、底本のルビ付きの語(例:高良・傍・尊・先達)と踊り字が、本文抽出処理の不具合で原文から欠落していました。記事本文ではこれを「底本の欠字」と説明していましたが、底本に欠字はありません。原文は底本どおりに復元済みです。読み・品詞分解・逐語訳・現代語訳の該当箇所も、底本の語で補いました。

この記事で分かること

  • 『徒然草』の冒頭(序段+第1段)が、全18文に分けた原文・読み・品詞分解・逐語訳・現代語訳・解釈・構造の7層で確認できます。
  • 「つれづれなるままに」が有名句として消費されがちなのに対し、この冒頭が実は「願はしきこと」=理想の人間像を論じる評論の導入であることが分かります。
  • 入試で毎年のように狙われる 「こそ〜已然形、」の逆接用法/「なむ」の識別/撥音便の無表記/「ば」の二種が、この一段の中にすべて入っていることが分かります。
  • 兼好が法師でありながら「法師ばかり羨しからぬものはあらじ」と書く、その自己言及のねじれをどう読むかが分かります。
  • オリジナルの確認テスト5問で、理解が定着したかを自分で測れます。

この章段を30秒で

あらすじ(約200字) することもない退屈にまかせ、一日じゅう硯に向かって心に浮かぶとりとめのないことを書きつけていると、われながら異常なほど正気を失った気分になる——そう書き出したあと、兼好は一転して「この世に生まれたからには、こうありたいと願うことが多いようだ」と論を起こします。帝・皇族・摂関家・その子孫と身分を上から順に見わたし、法師の立場を清少納言の言葉で切り、権勢や名声を斥けます。そのうえで容貌・話し方・心ばえ・学問と論を進め、最後に理想の教養を具体的に列挙して締めくくります。

入試で重要な理由(約100字) 係り結びが11回、「こそ〜め、」の逆接、「なむ」の識別、撥音便の無表記、未然形接続と已然形接続の「ば」が一段に同居します。文法問題の見本市であり、かつ主語が省略された論説文の主語判定練習にもなるためです。

難度 ★★★★☆(4/5) 序段の1文は平易ですが、第1段本体は語彙密度・係り結びの多さ・省略の激しさで一気に難化します。

所要時間 通読8分/精読45分/確認テストまで60分


作品プロフィール

項目 内容
ジャンル 随筆
成立 鎌倉時代末期(14世紀前半に書かれたと考えられています)
作者 兼好法師(卜部兼好。近世以降「吉田兼好」とも呼ばれます)
この段の位置 作品全体の冒頭。一般に「序段」と呼ばれる1文と、第1段「いでや、この世に生れては…」が連続して置かれます。本記事の底本ではこの二つが「1」の中にまとめて収められています
出題ランク Adata/kobun_master.csv の頻度ランク欄)
徒然草の実出題 2006 同志社大学(経済)「167・180段」/2006 立教大学(社会)/2003 明治学院大学「122段」/1973–1994 名古屋大学(文系・理系共通)「年度個別未特定」——data/exam_evidence.csv に記録のある4件です
読解キー 段ごとに完結/逆説的論法/反語

出題実績について、国強塾は事実だけを書きます。当塾の実出典データに、この序段・第1段そのものを出題した年度・大学の記録はありません。 記録があるのは上表の4件です。ただし冒頭は教科書採録が広く、文法素材としての価値が高いため、定期試験・記述模試・私大の文法設問で扱われやすい箇所であると国強塾は見ています。ここは推定として書いています。


📖 大切な定義

この段を読むための土台を4つ、教科書の言葉のまま定義します。どこで効くかをS番号で示します。

📖 定義1|係り結びとは、文中に係助詞「ぞ・なむ・や・か・こそ」が現れたとき、文末の活用語がそれに応じて連体形または已然形に変わる規則である。 「ぞ・なむ・や・か」は連体形で結び、「こそ」は已然形で結びます。この段では S01(こそ〜けれ)/S02(こそ〜めれ)/S04(ぞ〜やんごとなき)/S10(ぞ〜覺ゆる)/S12・S13・S14・S15・S16・S17・S18(こそ〜已然形) と、結びが本文に現れるものだけで合計11回出てきます。このほかS08「さることぞかし」は、係助詞「ぞ」に対する結びが省略された形です。これを加えると係助詞「ぞ・こそ」は12か所(「こそ」9・「ぞ」3)。冒頭からこれだけ密度が高い段は多くありません。

📖 定義2|「こそ〜已然形、」の逆接用法とは、係助詞「こそ」の結びである已然形で文が終止せず、そこから下に文が続くとき、その已然形が「〜ではあるが」という逆接の意味を帯びる用法である。 S15「人容貌こそ生れつきたらめ、心はなどか…」 がこれです。「めり」ではなく推量「む」の已然形「め」で、しかも読点で下へ続く。ここを「〜だろう。」と切ると、文全体の論理が壊れます。

📖 定義3|撥音便の無表記とは、ラ変型に活用する語の連体形が助動詞「なり」「めり」に続くときに生じる撥音「ん」が、平仮名の表記の上では書かれない現象である。 S02「多かめれ」 がこれです。「多かる(形容詞「多し」のカリ活用連体形)+めれ」→「多かんめれ」→表記上「多かめれ」。「多い」ではなく「多いようだ」と推定で訳さなければならない根拠がここにあります。

📖 定義4|遁世(とんせい)とは、俗世の官位・名誉・財産への執着を断ち、出家して仏道に専念することである。 S08〜S11 はこの概念なしには読めません。兼好自身が出家者であり、その出家者が「法師ほど羨ましくないものはない」と書き、さらに「ひたぶるの世すて人(=徹底した遁世者)」だけは別だと留保をつける。この三段構えが第1段の思想の核です。


全文解剖(S01〜S18)

底本は全18文です。1文も飛ばさずに扱います。

読みについての断り:L2の読みは、底本の振り仮名を再現したものではなく、標準的な歴史的仮名遣いによる読みを国強塾が付したものです。また底本には踊り字「ゝ」が用いられています(「まゝ」=「まま」、「ゆゝし」=「ゆゆし」など)。読みでは開いて示します。

脱落についての断り:底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています。該当するのは S01・S03・S05・S06・S10・S11・S13・S14・S15・S18 です。国強塾は原文を勝手に補いません。欠けている位置を明示し、そこに本来どういう働きの語が立つはずかだけを説明します。


S01

原文

つれ〲なるまゝに、日ぐらし硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。

読み つれなるままに、ひぐらしすずりにむかひて、こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなくかきつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。 (発音の注意:「向ひて」は「むかいて」、「怪しう」は「あやしゅう」、「物狂ほしけれ」は「ものぐるおしけれ」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
つれなる 形容動詞ナリ活用(底本に脱落あり) 連体形 することがなく手持ちぶさただ。底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています(表記のうえで「づれ」に当たる部分が見えません)
まゝ 名詞 〜にまかせて、〜のとおりに
格助詞 状態・原因
日ぐらし 副詞 一日中
名詞 すずり
格助詞 帰着点
向ひ 動詞ハ行四段「向ふ」 連用形 向かう
接続助詞 単純接続
名詞
格助詞 場所
移り行く 動詞カ行四段「移り行く」 連体形 次々に浮かんでは去っていく
よしなしごと 名詞 由無し事。とりとめのないこと
格助詞 対象
そこはかとなく 形容詞ク活用「そこはかとなし」 連用形 どこがどうというあてもなく
書きつくれ 動詞カ行下二段「書きつく」 已然形 書きつける
接続助詞 已然形接続。順接確定条件(〜すると)
怪しう 形容詞シク活用「怪し」 連用形(ウ音便) 妙だ、異常だ
こそ 係助詞 強意。結びは已然形
物狂ほしけれ 形容詞シク活用「物狂ほし」 已然形 正気を失ったようだ。「こそ」の結び

逐語訳 することもないのにまかせて、一日中硯に向かって、心の中を次々と移っていくとりとめもないことを、あてどもなく書きつけていると、[自分でも]妙に正気を失ったような気持ちになることだ。

現代語訳 することもなく退屈なのにまかせて、一日じゅう硯に向かい、心に浮かんでは消えていくとりとめもないことを、あてどもなく書きつけていると、われながら妙に、気が変になったような心地がする。

(逐語訳との差:「怪しう」を逐語では「妙に」、現代語訳でも「妙に」としましたが、ここは「こそ」による強意がかかっているため「われながら」を補いました。強意の「こそ」は訳語に出しにくいので、副詞的な補いで再現しています。)

解釈 書く行為そのものを対象化した1文です。兼好は「何を書くか」より先に「なぜ書けてしまうのか」を書きます。「よしなしごと」「そこはかとなく」と価値を下げておいて、最後に「物狂ほし」という強い語で落とす。謙遜のようでいて、実は「書かずにいられない」という制御不能を告白している、と国強塾は読みます。

構造 主語は表に出ませんが、「硯に向ひて」「書きつくれば」の動作主は書き手=兼好です。書物の冒頭で、動作主を明示せずに一人称の行為を書くのは、日記・随筆の常套です。係り結び「こそ〜けれ」で文が終止しているため、ここは逆接用法ではなく通常の強意です(定義2と対比してください)。「書きつくれば」の「ば」は已然形接続なので、仮定ではなく確定条件。「書くと(いつも)そうなる」という反復・恒常の含みが出ます。

👀ここに注目 「ば」は接続する活用形で意味が180度変わります。已然形+ば=確定(〜すると/〜ので)、未然形+ば=仮定(もし〜ならば)。この段の中で、S01が已然形接続、S15「うつさば」が未然形接続と、両方そろって出てきます。同じ一段で対比できる教材はそう多くありません。


S02

原文

いでや、この世に生れては、願はしかるべきことこそ多かめれ。

読み いでや、このよにうまれては、ねがはしかるべきことこそおほかめれ。 (発音の注意:「願はし」は「ねがわし」、「多か」は「おおか」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
いでや 感動詞 さて、いやまあ。話題を起こす
この世 名詞 現世
格助詞 場所
生れ 動詞ラ行下二段「生る」 連用形 生まれる
接続助詞 単純接続
係助詞 取り立て(〜からには)
願はしかる 形容詞シク活用「願はし」 連体形(カリ活用) 望ましい、そうありたい
べき 助動詞「べし」 連体形 意味=当然/接続=終止形(ラ変型には連体形)/活用形=連体形。〜であるはずの
こと 名詞
こそ 係助詞 強意。結びは已然形
多か 形容詞ク活用「多し」 連体形(カリ活用「多かる」の撥音便無表記) 多い。「多かる」→「多かんめれ」→表記上「多かめれ」
めれ 助動詞「めり」 已然形 意味=推定・婉曲/接続=終止形(ラ変型には連体形)/活用形=已然形。〜のようだ。「こそ」の結び

逐語訳 さてまあ、この世に生まれたからには、願わしいはずのことが多いようだ。

現代語訳 さて、この世に生まれてきたからには、こうありたいと願うようなことが数多くあるようだ。

(逐語訳との差:「願はしかるべき」を逐語では「願わしいはずの」としましたが、日本語として硬いので現代語訳では「こうありたいと願うような」と開きました。「べし」の当然の意味は「〜はずの」に残しています。)

解釈 序段の私的な述懐から、いきなり一般論へ跳びます。しかも断定せず「多かめれ」と推定で置く。「私はそう思う」ではなく「世間ではそういうことになっているらしい」という、一歩引いた立ち位置をここで確保しています。この距離が、以下で身分や名声を批評する資格を作ります。

構造 主語は「願はしかるべきこと」。「こそ」の結びは已然形「めれ」で、文はここで終止しているので逆接用法ではありません。「生れては」の「は」は取り立ての係助詞で、「生まれた以上は」という前提の設定。以下S18までは、この前提のもとで「では何が願わしいのか」を検討する構成になります。

👀ここに注目 「多かめれ」を「多い」と訳したら失点です。「めり」は推定・婉曲の助動詞で、必ず「〜ようだ」「〜と見える」を訳出します。さらに「多か」が「多かる」の撥音便無表記であることに気づかないと、そもそも「めり」の存在に気づけません。ラ変型連体形+「なり」「めり」は撥音便を起こし、平仮名では「ん」を書かない——この規則を体で覚える最短の例がここです。


S03

原文

帝の御位はいともかしこし。

読み みかどのくらゐはいともかしこし。 (発音の注意:「位(くらゐ)」は「くらい」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
名詞 天皇
格助詞 連体修飾
名詞 地位。底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています(尊敬の接頭語に当たる位置が見えません)
係助詞 主題
いと 副詞 たいそう
係助詞 強意。「いとも」で「まことに」
かしこし 形容詞ク活用「かしこし」 終止形 恐れ多い、畏敬すべきだ

逐語訳 帝の位はまことに恐れ多い。

現代語訳 帝の位は、まことに恐れ多いものである。

解釈 「願はしきこと」の検討を、最上位から順に始めます。ただし「帝の位が願わしい」とは言っていません。言っているのは「恐れ多い」だけです。ここで「かしこし」を使うのは、価値判断を避けて敬意だけを述べる作法であり、以下で臣下の身分を遠慮なく論評するための地ならしになっています。

構造 「は」による主題提示で、以下S07まで身分の階層が上から下へ降りていく段落構造の起点です。帝(S03)→皇族(S04)→摂関家(S05)→その子孫(S06)→それ以下(S07)と、降下の順序が論の骨格になっています。

👀ここに注目 「かしこし」は「賢い」ではありません。古文の「かしこし」は第一に「恐れ多い・畏敬すべきだ」、次に「並々でない」。「賢し(かしこし)」=賢明だ、の意味も別にありますが、帝を主語に取る文脈では畏敬の意です。語義選択を文脈で決める典型例で、現代語訳の設問になりやすい箇所です。


S04

原文

竹の園生の末葉まで、人間の種ならぬぞやんごとなき。

読み たけのそのふのすゑばまで、にんげんのたねならぬぞやんごとなき。 (発音の注意:「園生(そのふ)」は「そのう」、「末葉(すゑば)」は「すえば」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
竹の園生 名詞 皇族・親王家の異称。漢籍の「竹園」に由来する雅語
格助詞 連体修飾
末葉 名詞 子孫の末
まで 副助詞 範囲の限界
人間 名詞 「にんげん」=人の世、俗世の人
格助詞 連体修飾
名詞 血筋
なら 助動詞「なり」 未然形 意味=断定/接続=体言・連体形/活用形=未然形
助動詞「ず」 連体形 意味=打消/接続=未然形/活用形=連体形。ここは「ぞ」の結びに向かう連体形
係助詞 強意。結びは連体形
やんごとなき 形容詞ク活用「やんごとなし」 連体形 この上なく尊い。「ぞ」の結び

逐語訳 皇族の子孫の末まで、俗世の人の血筋ではないのが、この上なく尊い。

現代語訳 皇族の末端の子孫に至るまで、われわれ俗人と同じ血筋ではないという点が、この上なく尊いのである。

(逐語訳との差:「人間の種ならぬ」を逐語では「俗世の人の血筋ではない」としましたが、現代語では対比が見えにくいので「われわれ俗人と同じ」を補いました。)

解釈 尊さの根拠を「地位」ではなく「血」に置いています。努力や才能では届かない前提の領域として皇統を切り離し、「願はしきこと」の対象から外しているわけです。だからこそS12以降、努力で動かせる領域(心・才)に議論が集中していきます。

構造 係り結び「ぞ〜やんごとなき」。結びの連体形「やんごとなき」の下には「こと」などの体言が省略されているとも取れますが、係り結びとして連体形で言い切る形と見るのが標準です。「ならぬ」の「ぬ」を完了の「ぬ」(終止形)と取ると文が壊れます。「なら」が未然形である以上、続く「ぬ」は打消の連体形——ここが識別の決め手です。

👀ここに注目 「ぬ」の識別は入試頻出です。直前が未然形なら打消「ず」の連体形、直前が連用形なら完了「ぬ」の終止形。S04「なら+ぬ」は未然形接続なので打消。S06「はふれ+に+たれ」の「に」は連用形接続なので完了「ぬ」の連用形。同じ段で両方観察できます。


S05

原文

一の人の御ありさまはさらなり、唯人も、舎人などたまはる際は、ゆゝしと見ゆ。

読み いちのひとのおんありさまはさらなり、も、とねりなどたまはるきはは、ゆゆしとみゆ。 (発音の注意:「際(きは)」は「きわ」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
一の人 名詞 摂政・関白。臣下の最高位
格助詞 連体修飾
接頭語 尊敬の接頭語。方向=書き手(兼好)から一の人(摂関)への敬意
ありさま 名詞 有様、ご様子
係助詞 主題
さらなり 形容動詞ナリ活用「さらなり」 終止形 言うまでもない
(欠落) 底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています。直後の係助詞「も」を受ける体言(摂関家以外の一般の貴族を指す語)が立つはずの位置です
係助詞 添加(〜もまた)
舎人 名詞 貴人の警護・雑務にあたる下級官人。朝廷から随身として賜るもの
など 副助詞 例示
たまはる 動詞ラ行四段「賜る」 連体形 謙譲語(「受く」の謙譲)。動作主=舎人を受け取る臣下。方向=書き手(兼好)から、与える側である朝廷・帝への敬意(地の文なので敬意の主体は書き手。臣下側をへりくだらせることで、与え手を高めています)
名詞 身分の程度、階層
係助詞 主題
ゆゝし 形容詞シク活用「ゆゆし」 終止形 並々でない。ここは「立派だ」
格助詞 引用
見ゆ 動詞ヤ行下二段「見ゆ」 終止形 見える

逐語訳 摂関のご様子は言うまでもない、[ ]もまた、舎人などを賜る身分の者は、並々でないと見える。

現代語訳 摂政・関白のご様子はもちろん言うまでもないが、[摂関家以外の貴族]にしても、朝廷から舎人などを賜るほどの身分の者は、たいしたものだと見える。

(逐語訳との差:欠落があるため、現代語訳では[ ]に働きだけを示しました。国強塾は原文にない語を本文として補いません。)

解釈 敬意の対象を、摂関から一段下げた貴族層まで広げます。基準は「舎人を賜れるかどうか」——朝廷から人を付けてもらえる身分か否かという、きわめて具体的な線引きです。抽象的に「高貴だ」と言わず、可視の指標で階層を切るのが兼好の書き方です。

構造 「一の人の御ありさまはさらなり」で一段落を作り、読点で「〔 〕も」と対象を追加する構文。「さらなり」は「言うまでもない」で、ここを言い切ってから追加していく形は評論文の常套です。敬語は2種類——接頭語「御」(尊敬)と「たまはる」(謙譲)——が1文に同居しており、敬意の向き先が別々である点に注意が必要です。

👀ここに注目 「たまはる」を尊敬語「給ふ」と混同しないでください。「賜る(ラ行四段)」は「受く」の謙譲語で、「いただく」です。動作主は受け取る臣下、敬意の向かう先は与える側(朝廷・帝)。ここを取り違えると、「帝が舎人を与えなさる」と主語まで反転してしまいます。敬語の方向は主語判定の道具である、という原則がそのまま出る箇所です。


S06

原文

その子、孫までは、はふれにたれど、なほなまめかし。

読み そのこ、までは、はふれにたれど、なほなまめかし。 (発音の注意:「はふれ」は「ほうれ」、「なほ」は「なお」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
その 連体詞 前文の「際」の人々を指す
名詞
(欠落) 底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています。「子」と並列される、さらに下の世代を指す体言が立つはずの位置です
まで 副助詞 範囲の限界
係助詞 取り立て
はふれ 動詞ラ行下二段「はふる」 連用形 落ちぶれる、零落する
助動詞「ぬ」 連用形 意味=完了(確述)/接続=連用形/活用形=連用形
たれ 助動詞「たり」 已然形 意味=存続/接続=連用形/活用形=已然形。〜てしまっている
接続助詞 已然形接続。逆接確定条件(〜けれども)
なほ 副詞 それでもやはり
なまめかし 形容詞シク活用「なまめかし」 終止形 上品で優美だ

逐語訳 その子、[ ]までは、落ちぶれてしまっているけれども、それでもやはり上品である。

現代語訳 その子、[さらにその下の世代]までは、落ちぶれてしまっていても、それでもやはりどこか品がある。

解釈 血統の余韻は二代・三代までは残る、という観察です。「はふれにたれど」と落魄を認めたうえで「なほ」で切り返すこの形が、兼好の思考の型です。事実を一度認め、そのうえで別の価値を立てる。この段の後半でも同じ型が繰り返されます。

構造 「〜ど、なほ〜」の逆接構文。已然形+「ど」なので確定の逆接で、「落ちぶれているのは事実だが」という含み。「はふれにたり」は完了「ぬ」+存続「たり」の重ね方で、「すっかり落ちぶれきってしまっている状態」という強い完了を作ります。助動詞の連鎖は訳に必ず反映させます。

👀ここに注目 「にたり」を見たら、「に」は完了「ぬ」の連用形と考えるのが第一候補です。断定「なり」の連用形「に」も形は同じですが、断定の「に」は体言・連体形に付きます。ここは動詞連用形「はふれ」に付いているので完了。「に」の識別は毎年どこかの大学で出ます。


S07

原文

それより下つ方は、ほどにつけつゝ、時に逢ひ、したり顔なるも、みづからはいみじと思ふらめど、いと口惜し。

読み それよりしもつかたは、ほどにつけつつ、ときにあひ、したりがほなるも、みづからはいみじとおもふらめど、いとくちをし。 (発音の注意:「逢ひ」は「あい」、「顔(がほ)」は「がお」、「みづから」は「みずから」、「口惜し」は「くちおし」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
それ 代名詞 前文までの階層
より 格助詞 起点・比較
下つ方 名詞 それより下の階層。「つ」は上代の連体格助詞
係助詞 主題
ほど 名詞 身分、分際
格助詞 対象
つけ 動詞カ行下二段「つく」 連用形 かこつける、応じる
つゝ 接続助詞 反復・継続(〜ては)
名詞 好機、時流
格助詞 対象
逢ひ 動詞ハ行四段「逢ふ」 連用形 めぐりあう、時流に乗る
したり顔なる 形容動詞ナリ活用「したり顔なり」 連体形 得意顔だ
係助詞 取り立て
みづから 代名詞 自分自身
係助詞 対比
いみじ 形容詞シク活用「いみじ」 終止形 たいしたものだ
格助詞 引用
思ふ 動詞ハ行四段「思ふ」 終止形 思う
らめ 助動詞「らむ」 已然形 意味=現在推量/接続=終止形(ラ変型には連体形)/活用形=已然形。今ごろ〜ているだろう
接続助詞 已然形接続。逆接確定条件
いと 副詞 まことに
口惜し 形容詞シク活用「口惜し」 終止形 つまらない、情けない

逐語訳 それより下の階層は、身分に応じては、好機にめぐりあい、得意顔でいるのも、自分ではたいしたものだと思っているだろうけれども、まことにつまらない。

現代語訳 それより下の階層になると、それぞれ自分の分際に応じて、時流に乗って得意顔をしている者もいるが、本人はさぞ立派なことだと思っているのだろうけれど、まったくつまらないものだ。

(逐語訳との差:「ほどにつけつつ」を逐語では「身分に応じては」としましたが、「つつ」の反復を現代語で出すため「それぞれ」を補いました。)

解釈 階層の下降がここで底を打ち、価値判断が反転します。上位では「かしこし」「ゆゆし」「なまめかし」と肯定してきたのに、ここで初めて「口惜し」と切り捨てる。 切り捨ての理由は身分の低さそのものではなく、「したり顔」=自己評価と実質の乖離です。この基準は、以下で権勢家(S09)や名利を求める僧(S10)を斬るときにもそのまま使われます。

構造 「〜らめど、いと口惜し」の逆接。「みづからは」の「は」は対比の係助詞で、「本人は」に対する「(しかし他人の目からは)」が言外に置かれています。この省略された対比項こそが、兼好の視点=観察者の位置です。主語は「下つ方(の人々)」で、「思ふらめ」の主体もそれ。「口惜し」と評価する主体だけが兼好で、ここで主語が切り替わります。

👀ここに注目 「らめ」は「らむ」の已然形です。「ら+め」と切って「り+む」と誤読しないこと。「らむ」は終止形接続の現在推量で、目の前にない事柄を今ごろどうなっているかと推量します。ここでは「本人の内心」という、外からは見えない対象に使われており、用法として理想的な例です。


S08

原文

法師ばかり羨しからぬものはあらじ、「人には木の端のやうに思はるゝよ。」と、清少納言が書けるも、げにさることぞかし。

読み ほふしばかりうらやましからぬものはあらじ、「ひとにはきのはしのやうにおもはるるよ。」と、せいせうなごんがかけるも、げにさることぞかし。 (発音の注意:「法師(ほふし)」は「ほうし」、「やうに」は「ように」、「思はるる」は「おもわるる」、「清少納言(せいせうなごん)」は「せいしょうなごん」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
法師 名詞
ばかり 副助詞 程度(〜ほど)。下の打消と呼応して「〜ほど…ないものはない」という最上級の比較を作ります
羨しから 形容詞シク活用「羨し」 未然形(カリ活用) うらやましい
助動詞「ず」 連体形 意味=打消/接続=未然形/活用形=連体形
もの 名詞
係助詞 主題
あら 動詞ラ変「あり」 未然形
助動詞「じ」 終止形 意味=打消推量/接続=未然形/活用形=終止形。〜ないだろう
名詞 世間の人
格助詞 受身の動作主
係助詞 取り立て
木の端 名詞 木切れ。取るに足らないもののたとえ
格助詞 比況の対象
やうに 助動詞「やうなり」 連用形 意味=比況/接続=連体形・格助詞「の」/活用形=連用形
思は 動詞ハ行四段「思ふ」 未然形
るゝ 助動詞「る」 連体形 意味=受身/接続=未然形/活用形=連体形
終助詞 詠嘆
格助詞 引用
清少納言 名詞 『枕草子』の作者
格助詞 主格
書け 動詞カ行四段「書く」 已然形
助動詞「り」 連体形 意味=完了(存続)/接続=四段已然形・サ変未然形/活用形=連体形
係助詞 取り立て
げに 副詞 なるほど、本当に
さる 連体詞(ラ変「さり」連体形から) そのような
こと 名詞
係助詞 強意
かし 終助詞 念押し(〜だよ)

逐語訳 法師ほどうらやましくないものはないだろう、「人には木切れのように思われるよ。」と、清少納言が書いているのも、なるほどそのとおりのことであるよ。

現代語訳 法師ほどうらやましくないものはあるまい。「世間の人からは木切れのように思われるものだ」と清少納言が書いているのも、なるほどそのとおりだ。

解釈 第1段でもっとも有名な一文です。書いているのが兼好法師自身であることを忘れてはいけません。出家者が「法師ほどつまらないものはない」と言う。これは卑下ではなく、出家という選択が世俗の価値尺度では一切の得にならないと確認する手続きです。だからこそ、S11の「ひたぶるの世すて人」という例外がきわだちます。清少納言を引くのは、権威づけであると同時に、「これは私だけの僻みではない」という論証の作法でもあります。

構造 「あらじ」で一度言い切り、読点で引用文を接続する構文です。引用の「と」を受けるのは「清少納言が書ける」で、その全体を「も」で取り立て、「さることぞかし」で肯定する。主張→他者の証言→承認という三段構えは、そのまま現代の論説文の型です。なお「さることぞかし」は、係助詞「ぞ」に対する結び(断定「なり」の連体形「なる」など)が省略され、そこへ念押しの終助詞「かし」が直接付いた形です。結びの省略として扱い、「ぞかし」で一語の終助詞のように働くと覚えておくと処理が速くなります。古典常識として、『枕草子』にはわが子を法師にすることの痛ましさを述べた一節があり、そこに「木の端」の比喩が見えます(段番号は伝本によって異同があるため、ここでは番号を挙げません)。

👀ここに注目 「る」の識別が2回出ます。「思はるる」の「る」=受身の助動詞「る」(未然形接続)「書ける」の「る」=完了・存続の助動詞「り」(四段已然形接続)。同じ1文の中に別物の「る」が入っている、出題者にとって理想的な素材です。見分け方は直前の活用形——未然形なら「る」、四段已然形(=エ段音)なら「り」。


S09

原文

勢猛にのゝしりたるにつけて、いみじとは見えず。

読み いきほひまうにののしりたるにつけて、いみじとはみえず。 (発音の注意:「勢(いきほひ)」は「いきおい」、「猛(まう)」は「もう」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
勢猛に 形容動詞ナリ活用「勢猛なり」 連用形 権勢が盛んだ
のゝしり 動詞ラ行四段「ののしる」 連用形 大いに評判になる、威勢を振るう(現代語の「罵る」ではありません)
たる 助動詞「たり」 連体形 意味=存続/接続=連用形/活用形=連体形
格助詞 対象
つけ 動詞カ行下二段「つく」 連用形
接続助詞 単純接続。「〜につけて」で「〜を見るにつけても」
いみじ 形容詞シク活用「いみじ」 終止形 たいしたものだ
格助詞 引用
係助詞 取り立て(否定と呼応)
見え 動詞ヤ行下二段「見ゆ」 未然形 見える
助動詞「ず」 終止形 意味=打消/接続=未然形/活用形=終止形

逐語訳 権勢が盛んで評判になっているのを見るにつけても、たいしたものだとは見えない。

現代語訳 (法師が)権勢を得て世間の評判になっているのを見るにつけても、立派だとは思えない。

解釈 S08で法師一般を斬ったあと、今度は「成功した法師」を斬ります。権勢を得ることは、僧にとって価値の証明にならない。むしろS10で示されるように、それは仏道に背く。世俗の成功指標を、僧の領域に持ち込むこと自体を否定しているわけです。S07の「したり顔」と同じ論法が、身分ではなく宗教の領域に適用されています。

構造 主語は明示されませんが、S08から続く「法師」です。主語判定の根拠は、S08の「法師ばかり〜」という主題提示が、S09・S10まで有効に働いていること。段落の主題は、新しい主題が立つまで持続します。「〜とは見えず」の「は」は打消と呼応する取り立てで、「立派には見えない(他の点は別として)」というニュアンスを作ります。

👀ここに注目 「ののしる」は古文最頻出の意味ズレ語です。古文では「大声で騒ぐ」「評判が高い・威勢を振るう」であり、現代語の「悪口を言う」ではありません。ここは「威勢を振るって評判になっている」。現代語訳の設問で確実に狙われます。


S10

原文

増賀聖のいひけむやうに、名聞ぐるしく、佛の御教に違ふらむとぞ覺ゆる。

読み ぞうがひじりのいひけむやうに、みやうもんぐるしく、ほとけのにたがふらむとぞおぼゆる。 (発音の注意:「いひ」は「いい」、「名聞(みやうもん)」は「みょうもん」、「違ふ」は「たがう」、「覺ゆる」は「おぼゆる」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
増賀聖 名詞(固有) 平安中期の天台僧・増賀。名利を嫌い、奇行によって栄達を退けた逸話で知られます
格助詞 主格
いひ 動詞ハ行四段「言ふ」 連用形
けむ 助動詞「けむ」 連体形 意味=過去推量(過去の伝聞)/接続=連用形/活用形=連体形。〜たとかいう
やうに 助動詞「やうなり」 連用形 意味=比況/接続=連体形/活用形=連用形
名聞ぐるしく 形容詞シク活用「名聞ぐるし」 連用形 名誉を求めるさまが見苦しい
名詞
格助詞 連体修飾
(欠落) 底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています。「仏の〜」を受け、下の「に違ふ」の対象となる体言(仏の教えを指す語)が立つはずの位置です
格助詞 対象
違ふ 動詞ハ行四段「違ふ」 終止形 背く、外れる
らむ 助動詞「らむ」 終止形 意味=現在推量/接続=終止形/活用形=終止形
格助詞 引用
係助詞 強意。結びは連体形
覺ゆる 動詞ヤ行下二段「覚ゆ」 連体形 思われる。「ぞ」の結び

逐語訳 増賀聖が言ったとかいうように、名誉を求めるさまが見苦しく、仏の[ ]に背いているだろうと思われる。

現代語訳 増賀聖が言ったとかいうように、名誉を求める姿が見苦しく、仏の[お教え]に背いているのだろうと思われる。

(逐語訳との差:欠落があるため、現代語訳では[ ]に働きだけを示しました。国強塾は原文にない語を本文として補いません。)

解釈 批判の根拠を、自分の好悪から仏教の内的基準へ移します。「名聞(みょうもん)」は仏教語で、名誉・世評への執着を指し、僧が断つべきものの筆頭です。増賀という実在の高僧の言を引くことで、S09の否定が個人的な感想ではなく教団内部の価値基準に基づく批判であることを示しています。S08で清少納言(俗世の証人)を引いたのと対をなす引用です。

構造 「増賀聖のいひけむやうに」の「の」は主格。「けむ」を使うのは、兼好が増賀の言葉を直接聞いたのではなく伝聞であるためで、「らむ」(現在推量)と「けむ」(過去推量)が1文に同居しています。「〜と ぞ 覚ゆる」は、判断を「思われる」という自発的な形に逃がす言い方で、断定を避ける兼好の癖がここにも出ます。係り結び「ぞ〜覺ゆる」で連体形結び。

👀ここに注目 「らむ」と「けむ」はセットで覚えます。「らむ」は終止形接続で現在の推量、「けむ」は連用形接続で過去の推量。 ここでは「いひけむ」(過去に言ったとかいう)と「違ふらむ」(今背いているだろう)が時制で明確に切り分けられています。識別問題で両方出されたときの区別根拠は接続する活用形です。


S11

原文

ひたぶるの世すて人は、なか〱あらまほしき方もありなむ。

読み ひたぶるのよすてびとは、なかあらまほしきかたもありなむ。 (発音の注意:「ありなむ」は「ありなん」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
ひたぶる 名詞(形容動詞語幹) ひたすらであること、徹底していること
格助詞 連体修飾
世すて人 名詞 世を捨てた人。遁世者
係助詞 主題
なか 副詞 「かえって・むしろ」の意の副詞。底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています(畳語の後半に当たる部分が見えません)
あらまほしき 形容詞シク活用「あらまほし」 連体形 理想的だ、そうあってほしい
名詞 面、点
係助詞 添加
あり 動詞ラ変「あり」 連用形
助動詞「ぬ」 未然形 意味=完了(強意・確述)/接続=連用形/活用形=未然形
助動詞「む」 終止形 意味=推量/接続=未然形/活用形=終止形。「なむ」で「きっと〜だろう」

逐語訳 ひたすらな世捨て人は、かえって理想的な面もきっとあるだろう。

現代語訳 (それに対して)徹底した世捨て人には、かえって望ましい点もきっとあるだろう。

解釈 S08からS10まで法師を否定し続けたあとの、唯一の留保です。否定すべきは「法師という身分」ではなく「名利を捨てきれない中途半端さ」だった、とここで論の焦点が確定します。「なかなか(かえって)」という副詞が、それまでの否定を反転させる蝶番になっています。兼好自身が出家者であることを踏まえれば、これは自らの立場についての最低限の弁明でもあります。国強塾では、この一文を「第1段の思想的な底」と読みます。

構造 「〜は、〜も〜」で、前段(法師一般)との対比が作られています。文末の「なむ」は完了「ぬ」の未然形+推量「む」で、確述=「きっと〜だろう」。「ありなむ」という形で強めることで、留保が単なる譲歩ではなく積極的な肯定であることが示されます。「あらまほし」はラ変「あり」の未然形+希望の助動詞「まほし」が一語化した形容詞で、シク活用。

👀ここに注目 「なむ」の識別は4種類あります。①未然形+「なむ」=他への願望の終助詞、②連用形+「な(完了)む(推量)」=強意・確述、③ナ変動詞未然形の活用語尾「な」+「む」、④係助詞「なむ」(強意、結びは連体形)。ここは連用形「あり」に付くので②。直前が連用形なら確述、と機械的に判断できます。


S12

原文

人はかたち有樣の勝れたらむこそ、あらまほしかるべけれ。

読み ひとはかたちありさまのすぐれたらむこそ、あらまほしかるべけれ。 (発音の注意:「たらむ」は「たらん」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
名詞 人間一般
係助詞 主題
かたち 名詞 容貌
有樣 名詞 姿・立ち居ふるまい
格助詞 主格
勝れ 動詞ラ行下二段「勝る」 連用形 すぐれる
たら 助動詞「たり」 未然形 意味=存続/接続=連用形/活用形=未然形
助動詞「む」 連体形 意味=婉曲/接続=未然形/活用形=連体形。〜ような
こそ 係助詞 強意。結びは已然形
あらまほしかる 形容詞シク活用「あらまほし」 連体形(カリ活用) 望ましい
べけれ 助動詞「べし」 已然形 意味=当然(適当)/接続=終止形(ラ変型には連体形)/活用形=已然形「こそ」の結び

逐語訳 人は、容貌や姿がすぐれているようなのが、望ましいはずである。

現代語訳 人は、容貌や立ち居ふるまいがすぐれているのが望ましいものである。

解釈 論の対象が、身分(S03〜S07)と宗教的立場(S08〜S11)から、個人の資質へ移ります。ここからS18までが第1段の本論です。まず外見から始めるのは俗な出発に見えますが、S15で「容貌は生まれつきだが心は変えられる」と反転させるための踏み台であり、意図的な順序です。

構造 「人は」が以下S18までを支配する大主題です。S12以降で主語が省略されていても、それは「人」=人間一般だと判断してよい——これがこの後半部の主語判定の根拠です。「勝れたらむ」の「む」は婉曲で、「すぐれているような(人)」と柔らげる働き。断定を避けることで、一般論としての普遍性を保っています。

👀ここに注目 連体形の「む」を「〜だろう」と推量で訳すと不自然になる場合があります。体言や「こそ」に続く連体形の「む」は、婉曲(〜ような)で訳すのが定石。ここでは「すぐれているだろうことこそ」ではなく「すぐれているようなのが」。婉曲の「む」は現代語訳の設問で差が出ます。


S13

原文

物うち言ひたる、聞きにくからず、愛敬ありて、詞多からぬこそ、飽かず對はまほしけれ。

読み ものうちいひたる、ききにくからず、あいぎやうありて、ことばおほからぬこそ、あかずはまほしけれ。 (発音の注意:「愛敬(あいぎやう)」は「あいぎょう」、「言ひ」は「いい」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
名詞 漠然と「何か」
うち言ひ 動詞ハ行四段「うち言ふ」(接頭語「うち」+「言ふ」) 連用形 ちょっと物を言う
たる 助動詞「たり」 連体形 意味=存続/接続=連用形/活用形=連体形(準体法で「〜のが」)
聞きにくから 形容詞ク活用「聞きにくし」 未然形(カリ活用) 聞きづらい
助動詞「ず」 連用形 意味=打消/接続=未然形/活用形=連用形
愛敬 名詞 愛らしさ、人に好かれる魅力
あり 動詞ラ変「あり」 連用形
接続助詞 単純接続
名詞 ことば
多から 形容詞ク活用「多し」 未然形(カリ活用)
助動詞「ず」 連体形 意味=打消/接続=未然形/活用形=連体形
こそ 係助詞 強意。結びは已然形
飽か 動詞カ行四段「飽く」 未然形 満足する、飽きる
助動詞「ず」 連用形 意味=打消/接続=未然形/活用形=連用形
(欠落) 底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています。直後の「まほし」は未然形接続の助動詞なので、ここには未然形の動詞が立つはずです
(底本のまま) 欠落した動詞の活用語尾の一部を含む可能性があります
まほしけれ 助動詞「まほし」 已然形 意味=希望/接続=未然形/活用形=已然形「こそ」の結び

逐語訳 何かちょっと物を言っているのが、聞きづらくなく、愛らしさがあって、言葉数が多くないのが、飽きることなく[ ]たいものである。

現代語訳 何気なく口をきくのが耳ざわりでなく、愛らしさがあって、口数が多すぎない——そういう人こそ、いつまでも飽きることなく[向かい合って]いたいものである。

(逐語訳との差:欠落があるため、[ ]に働きだけを示しました。「〜こそ」の主体が人であることは文脈から明らかなので、現代語訳では「そういう人こそ」と補って読みやすくしています。)

解釈 外見(S12)の次に話し方を置きます。しかも挙げる条件がすべて「〜でない」という消極形です。「耳ざわりでない」「口数が多くない」——欠点がないことを美点として数えるこの評価の仕方は、兼好の美意識の核心です。積極的に光るものより、削り落として残るものを良しとする。この価値観は『徒然草』全体を貫きます。

構造 「聞きにくからず」「愛敬ありて」「詞多からぬ」の三つが並列され、最後の「詞多からぬ」に「こそ」が付いて結びを取ります。並列の最後だけに係助詞を付けて全体をまとめる形で、三つすべてが「こそ」の対象です。並列の切れ目を読み違えると、条件の数を間違えます。

👀ここに注目 「飽かず」は「飽きることなく」であって、「満足せずに」と訳すと逆になります。 「飽く」は「十分に満足する」で、その打消なので「いくら接しても満ち足りない=いつまでも見飽きない」という称賛です。古文の「飽かず」は肯定的評価語、と覚えてください。


S14

原文

めでたしと見る人の、心劣りせらるゝ本性見えむこそ、口をしかるべけれ。

読み めでたしとみるひとの、こころおとりせらるるみえむこそ、くちをしかるべけれ。 (発音の注意:「口をし」は「くちおし」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
めでたし 形容詞ク活用「めでたし」 終止形 すばらしい
格助詞 引用
見る 動詞マ行上一段「見る」 連体形
名詞 (こちらが)すばらしいと見る相手
格助詞 主格
心劣り 名詞 実際に接すると評価が下がること
動詞サ変「す」 未然形
らるゝ 助動詞「らる」 連体形 意味=自発(〜せずにいられない)/接続=未然形/活用形=連体形
(欠落) 底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています。「せらるる」の連体修飾を受け、下の「見え」の主語となる体言(その人の本来の性質を指す語)が立つはずの位置です
見え 動詞ヤ行下二段「見ゆ」 未然形 見える
助動詞「む」 連体形 意味=婉曲/接続=未然形/活用形=連体形
こそ 係助詞 強意。結びは已然形
口をしかる 形容詞シク活用「口惜し」 連体形(カリ活用) 残念だ
べけれ 助動詞「べし」 已然形 意味=当然/接続=終止形(ラ変型には連体形)/活用形=已然形「こそ」の結び

逐語訳 すばらしいと見る人が、幻滅せずにいられない[ ]が見えるようなのは、残念であるはずだ。

現代語訳 すばらしいと思って見ていた人に、思わず幻滅してしまうような[本来の性質]が見えてしまうのは、まことに残念なことである。

(逐語訳との差:欠落があるため、[ ]に働きだけを示しました。)

解釈 S13の裏面です。良い印象が持続することを望んだ直後に、それが壊れる瞬間を書く。「心劣り」という語自体が、いったん高く評価したことを前提にしています。兼好の関心は、人の絶対的な良し悪しではなく「評価が時間の中でどう変わるか」にあります。だから次のS15で「では変えられるものは何か」という問いへ進むのです。

構造 「めでたしと見る人の」の「の」は主格で、「〜が」。「心劣りせらるる」の「らる」は自発で、幻滅する主体は観察者(=私たち)です。受身と取ると「その人が心劣りさせられる」となり、意味が反転します。 「せらるる」が連体形で下の体言(欠落部)にかかり、その体言が「見え」の主語になる、という二重の構造です。

👀ここに注目 「る・らる」の四つの意味(受身・尊敬・自発・可能)は、直後の語と述語の性質で決めます。 ここは「心劣りす」という心情動詞に付いているので自発。心情・知覚の動詞(思ふ・覚ゆ・泣く・偲ぶ・驚くなど)に付く「る・らる」は自発を第一候補にする——この原則は識別問題で強力に働きます。


S15

原文

人品容貌こそ生れつきたらめ、心はなどか、賢きより賢きにも、うつさば移らざらむ。

読み ひとかたちこそうまれつきたらめ、こころはなどか、かしこきよりかしこきにも、うつさばうつらざらむ。 (発音の注意:「容貌」は古文では「かたち」と読ませます。「ざらむ」は「ざらん」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
名詞 底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています(「容貌」と並列される、身分・家柄を指す語に当たる部分が見えません)
容貌 名詞 顔かたち
こそ 係助詞 強意。結びは已然形
生れつき 動詞カ行四段「生れつく」 連用形 生まれつきそうである
たら 助動詞「たり」 未然形 意味=存続/接続=連用形/活用形=未然形
助動詞「む」 已然形 意味=推量/接続=未然形/活用形=已然形「こそ」の結び。ただし文はここで終止せず下へ続くため、逆接(〜だろうが)になります
名詞 心のありよう
係助詞 対比
などか 副詞 どうして〜か(反語)
賢き 形容詞ク活用「賢し」 連体形(準体法) 賢い(人・状態)
より 格助詞 比較の起点
賢き 形容詞ク活用「賢し」 連体形(準体法)
格助詞 帰着点
係助詞 添加
うつさ 動詞サ行四段「移す」 未然形 移す
接続助詞 未然形接続。順接仮定条件(もし〜ならば)
移ら 動詞ラ行四段「移る」 未然形 移る
ざら 助動詞「ず」 未然形 意味=打消/接続=未然形/活用形=未然形
助動詞「む」 連体形 意味=推量/接続=未然形/活用形=連体形。「などか」の反語を受ける結び

逐語訳 [ ]容貌は生まれつきそうであるだろうが、心はどうして、賢いのより賢いのにも、移すならば移らないだろうか(いや、移る)。

現代語訳 [家柄]や顔かたちは生まれつき決まっているのだろうが、心のほうはどうだろう、賢いところからさらに賢いところへと、移そうとするなら移らないはずがあろうか。移るのである。

(逐語訳との差:反語は逐語では「〜か(いや、〜ない)」の形で示し、現代語訳では「〜はずがあろうか。移るのである。」と結論まで書きました。反語は結論を訳出して初めて意味が伝わるためです。)

解釈 第1段の思想的な転回点です。S03からS14まで、生まれ・身分・容貌という「動かせないもの」を並べてきました。ここで初めて「心は動く」と言い切る。しかも反語で。反語は、書き手が確信していることを、読者に自分で答えさせる形式です。兼好は「心は変えられます」と説教せず、「変わらないはずがあろうか」と問い返して、読者の側に結論を作らせています。だから次のS16以降、「では何を身につけるべきか」という具体論に説得力が生まれます。

構造 この1文に、この段の文法の山が二つ入っています。第一に「こそ〜め、」の逆接用法(定義2)。已然形「め」で結んだあと、句点ではなく読点で下へ続くので、「〜だろうが」と訳します。第二に「などか〜む」の反語。「などか」は疑問にも反語にもなりますが、文末が推量「む」の連体形で、しかも文脈が「心は変えられる」という主張を必要としているので反語です。さらに「うつさば」は未然形接続の「ば」で仮定条件——S01の已然形接続と対をなします。

👀ここに注目 「こそ〜已然形、」で読点が来たら逆接。これは機械的に適用できる規則です。「人容貌こそ生れつきたらめ。」と句点にして訳を切ると、後半の「心は」との対比が消え、文章の主張が読者に届きません。係り結びは「結びの形」だけでなく「そこで文が終わるかどうか」まで見る——ここが上位層と中位層を分ける観察点です。


S16

原文

かたち心ざまよき人も、才なくなりぬれば、人品くだり、顔憎さげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるゝこそ、本意なきわざなれ。

読み かたちこころざまよきひとも、ざえなくなりぬれば、にんぴんくだり、かほにくさげなるひとにもたちまじりて、かけずけおさるるこそ、ほいなきわざなれ。 (発音の注意:「才」は「ざえ」、「顔(かほ)」は「かお」、「本意(ほい)」と読みます。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
かたち 名詞 容貌
心ざま 名詞 気立て、心のありよう
よき 形容詞ク活用「よし」 連体形
名詞
係助詞 取り立て
名詞 学問・漢学の教養(「ざえ」)
なく 形容詞ク活用「なし」 連用形
なり 動詞ラ行四段「なる」 連用形
ぬれ 助動詞「ぬ」 已然形 意味=完了/接続=連用形/活用形=已然形
接続助詞 已然形接続。順接確定条件(〜ので)
人品 名詞 品格・身分
くだり 動詞ラ行四段「下る」 連用形 下がる
名詞
憎さげなる 形容動詞ナリ活用「憎さげなり」 連体形 憎らしげだ、見苦しい
名詞
格助詞 対象
係助詞 添加
立ちまじり 動詞ラ行四段「立ちまじる」 連用形 交じる
接続助詞 単純接続
かけず 副詞(動詞「かく」未然形+打消「ず」から) 思いもよらず
けおさ 動詞サ行四段「気圧す」 未然形 圧倒する
るゝ 助動詞「る」 連体形 意味=受身/接続=未然形/活用形=連体形
こそ 係助詞 強意。結びは已然形
本意なき 形容詞ク活用「本意なし」 連体形 不本意だ、残念だ
わざ 名詞 こと
なれ 助動詞「なり」 已然形 意味=断定/接続=体言/活用形=已然形「こそ」の結び

逐語訳 容貌も気立てもよい人も、学問がなくなってしまうので、品格が下がり、見苦しい顔の人にも立ち交じって、思いもよらず圧倒されるのは、不本意なことである。

現代語訳 容貌も気立てもよい人でも、学問の素養がないとなると、その品格は下がり、見苦しい顔の人の中に立ち交じって、思いもよらず気圧されてしまう——それは、まことに不本意なことである。

(逐語訳との差:「なりぬれば」の確定条件を、逐語では「〜ので」、現代語訳では「〜となると」と条件的に開きました。ここは個別の事実ではなく一般的な傾向を述べる恒常条件なので、「〜となると」のほうが原意に近くなります。)

解釈 S15で「心は変えられる」と宣言したことの、具体的な帰結です。変えられるものの筆頭が「才(学問)」であり、それを欠くと、変えられないはずの「かたち」の優位まで無効化される。生まれの資産は、後天的な努力の欠如によって食い潰される——これがこの段の実質的な結論です。次のS17・S18で挙げられる教養リストは、この結論を受けた処方箋です。

構造 「〜も、〜ば、…こそ〜なれ」という譲歩→条件→結論の運び。「かたち心ざまよき人も」の「も」が譲歩(=よい人でさえ)を作り、それが「ば」の確定条件で覆される。主語は「かたち心ざまよき人」で、「けおさるる」まで一貫します。受身「るる」の動作主は「顔憎さげなる人」で、明示されていませんが「〜にも立ちまじりて」から復元できます。受身の助動詞を見たら動作主を探す、という主語判定の基本操作がここで要求されます。

👀ここに注目 「才(ざえ)」は「才能」ではなく「学問・漢学の教養」です。古文では「才ある人」=学識のある人。「かたち」(容貌)・「心ざま」(気立て)・「才」(学識)は、人物評価の三本柱としてセットで出ます。三語の訳し分けは語彙問題の定番です。


S17

原文

ありたきことは、まことしき文の道、作文、和歌、管絃の道、また有職に公事のかた、人の鑑ならむこそいみじかるべけれ。

読み ありたきことは、まことしきふみのみち、さくもん、わか、くわんげんのみち、またいうそくにくじのかた、ひとのかがみならむこそいみじかるべけれ。 (発音の注意:「管絃(くわんげん)」は「かんげん」、「有職(いうそく)」は「ゆうそく」と発音します。「公事」は「くじ」です。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
あり 動詞ラ変「あり」 連用形
たき 助動詞「たし」 連体形 意味=希望/接続=連用形/活用形=連体形。そうありたい
こと 名詞
係助詞 主題
まことしき 形容詞シク活用「まことし」 連体形 本格的だ、正統だ
文の道 名詞 学問(漢学)の道
作文 名詞 漢詩を作ること(「さくもん」)
和歌 名詞
管絃 名詞 楽器の演奏
格助詞 連体修飾
名詞 分野
また 副詞 さらに
有職 名詞 朝廷の儀式・先例に関する知識
格助詞 添加(〜に加えて)
公事 名詞 朝廷の政務・儀式
格助詞 連体修飾
かた 名詞 方面
名詞
格助詞 連体修飾
名詞 手本
なら 助動詞「なり」 未然形 意味=断定/接続=体言/活用形=未然形
助動詞「む」 連体形 意味=婉曲/接続=未然形/活用形=連体形
こそ 係助詞 強意。結びは已然形
いみじかる 形容詞シク活用「いみじ」 連体形(カリ活用) すばらしい
べけれ 助動詞「べし」 已然形 意味=当然(適当)/接続=終止形(ラ変型には連体形)/活用形=已然形「こそ」の結び

逐語訳 そうありたいことは、本格的な学問の道、漢詩、和歌、管絃の道、さらに有職と朝廷の儀式の方面で、人の手本であるようなのが、すばらしいはずである。

現代語訳 身につけたいものといえば、本格的な学問の道、漢詩、和歌、管絃の道、さらには有職故実や朝廷の儀式についての知識——そうした分野で人の手本となるようであってこそ、すばらしいというべきである。

解釈 S02の「願はしかるべきこと」に、ここでようやく具体的な答えが与えられます。冒頭の問いと末尾の答えが呼応する構成です。挙げられているのは、いずれも宮廷社会で評価される教養であり、兼好が出家者でありながら宮廷的教養の価値を手放していないことが分かります。S08〜S11で法師の身分を否定しておきながら、理想像は徹底して世俗の教養人である——このねじれこそが兼好の位置です。

構造 「ありたきことは」で主題を立て、列挙を重ね、最後に「人の鑑ならむこそ〜べけれ」で受けます。列挙は「文の道/作文/和歌/管絃の道」と「有職/公事のかた」の二群に分かれ、前者が個人の芸能、後者が朝廷の実務知識です。「また」が二群の切れ目を示します。「ならむ」の「む」は婉曲で、「〜であるような」。断定「なり」+婉曲「む」+当然「べし」と、助動詞が三つ重なる箇所なので、訳出の際に一つも落とさないことが必要です。

👀ここに注目 「まことしき」を「誠実な」と訳すのは誤りです。「まことし」は「本格的だ・正統だ・本物らしい」。ここでは、道楽的な学問ではなく正統な学問の道、という含みです。「まこと」から連想して「誠実」と訳させる誤答選択肢は作りやすいので、要注意です。


S18

原文

手など拙からずはしりがき、聲をかしくて拍子とり、いたましうするものから、下戸ならぬこそ男はよけれ。

読み てなどつたなからずはしりがき、こゑをかしくてとり、いたましうするものから、げこならぬこそはよけれ。 (発音の注意:「聲(こゑ)」は「こえ」、「いたましう」は「いたましゅう」と発音します。)

品詞分解

品詞(活用の種類) 活用形 意味・注記
名詞 筆跡、書
など 副助詞 例示
拙から 形容詞ク活用「拙し」 未然形(カリ活用) 下手だ
助動詞「ず」 連用形 意味=打消/接続=未然形/活用形=連用形
はしりがき 動詞カ行四段「はしり書く」 連用形 さらさらと書く
名詞
をかしく 形容詞シク活用「をかし」 連用形 趣がある、よい
接続助詞 単純接続
(欠落) 底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています。直後の「とり」の目的語となる体言(音楽の拍を指す語)が立つはずの位置です
とり 動詞ラ行四段「取る」 連用形 取る
いたましう 形容詞シク活用「いたまし」 連用形(ウ音便) 心苦しい、気が引ける
する 動詞サ変「す」 連体形
ものから 接続助詞 連体形接続。逆接確定条件(〜ものの)
下戸 名詞 酒が飲めない人
なら 助動詞「なり」 未然形 意味=断定/接続=体言/活用形=未然形
助動詞「ず」 連体形 意味=打消/接続=未然形/活用形=連体形
こそ 係助詞 強意。結びは已然形
係助詞 底本のまま。ここに主体を示す体言があった可能性があります(当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています)
よけれ 形容詞ク活用「よし」 已然形 よい。「こそ」の結び

逐語訳 筆跡なども下手でなくさらさらと書き、声が趣深く[ ]を取り、気が引けるようにするものの、下戸でないのが、よい。

現代語訳 筆跡なども下手でなくさらさらと書き、よい声で[拍子]を取り、気が進まぬふうを見せながらも、まったく飲めないわけではない——そういうのがよい。

(逐語訳との差:「いたましうする」を逐語では「気が引けるようにする」としましたが、酒席の文脈なので現代語訳では「気が進まぬふうを見せながらも」と補いました。欠落部は[ ]に働きだけを示しています。)

解釈 理想像の締めくくりが、書・声・酒というきわめて具体的で日常的な項目である点が重要です。S17で学問・和歌・有職と高尚な教養を並べたあと、最後は酒席での身の処し方で終わる。兼好の理想は書斎の中ではなく、人と交わる場で発揮されるものなのです。「いたましうするものから、下戸ならぬ」——辞退するそぶりを見せつつ、実は飲める。この機微の描写に、兼好の観察者としての本領があります。

構造 「〜ものから」は連体形接続の逆接確定条件で、「〜ものの・〜けれども」。「いたましうするものから、下戸ならぬ」で、表向きの態度と実際の能力のずれを一語で表現しています。S12から始まった「人は」の主題が、ここまで一貫して支配しています。主語が18文にわたって省略されていても復元できるのは、S12の「人は」が最上位の主題として機能しているからです。

👀ここに注目 「ものから」「ものゆゑ」「ものの」「ものを」は、いずれも連体形接続の逆接です。「ものから」を「〜だから」と順接に取る誤りが非常に多い。形の上で「から」があるので現代語に引きずられますが、古文の「ものから」は逆接。ここを間違えると、「気が引けるので下戸でない」という意味不明の訳ができあがります。


通し現代語訳

することもなく退屈なのにまかせて、一日じゅう硯に向かい、心に浮かんでは消えていくとりとめもないことを、あてどもなく書きつけていると、われながら妙に、気が変になったような心地がする。

さて、この世に生まれてきたからには、こうありたいと願うようなことが数多くあるようだ。

帝の位は、まことに恐れ多いものである。皇族の末端の子孫に至るまで、われわれ俗人と同じ血筋ではないという点が、この上なく尊いのである。摂政・関白のご様子はもちろん言うまでもないが、[摂関家以外の貴族]にしても、朝廷から舎人などを賜るほどの身分の者は、たいしたものだと見える。その子、[さらにその下の世代]までは、落ちぶれてしまっていても、それでもやはりどこか品がある。それより下の階層になると、それぞれ自分の分際に応じて、時流に乗って得意顔をしている者もいるが、本人はさぞ立派なことだと思っているのだろうけれど、まったくつまらないものだ。

法師ほどうらやましくないものはあるまい。「世間の人からは木切れのように思われるものだ」と清少納言が書いているのも、なるほどそのとおりだ。(法師が)権勢を得て世間の評判になっているのを見るにつけても、立派だとは思えない。増賀聖が言ったとかいうように、名誉を求める姿が見苦しく、仏の[お教え]に背いているのだろうと思われる。(それに対して)徹底した世捨て人には、かえって望ましい点もきっとあるだろう。

人は、容貌や立ち居ふるまいがすぐれているのが望ましいものである。何気なく口をきくのが耳ざわりでなく、愛らしさがあって、口数が多すぎない——そういう人こそ、いつまでも飽きることなく[向かい合って]いたいものである。すばらしいと思って見ていた人に、思わず幻滅してしまうような[本来の性質]が見えてしまうのは、まことに残念なことである。[家柄]や顔かたちは生まれつき決まっているのだろうが、心のほうはどうだろう、賢いところからさらに賢いところへと、移そうとするなら移らないはずがあろうか。移るのである。容貌も気立てもよい人でも、学問の素養がないとなると、その品格は下がり、見苦しい顔の人の中に立ち交じって、思いもよらず気圧されてしまう——それは、まことに不本意なことである。

身につけたいものといえば、本格的な学問の道、漢詩、和歌、管絃の道、さらには有職故実や朝廷の儀式についての知識——そうした分野で人の手本となるようであってこそ、すばらしいというべきである。筆跡なども下手でなくさらさらと書き、よい声で[拍子]を取り、気が進まぬふうを見せながらも、まったく飲めないわけではない——そういうのがよい。

([ ]は、底本で語が欠けている箇所です。国強塾は原文にない語を本文として補いません。訳の上でだけ、そこに立つはずの働きを示しています。)


大学入試で狙われるポイント

ポイント1|S15「こそ〜め、」の逆接用法

問われ方:文法識別/現代語訳 該当箇所:S15「人容貌こそ生れつきたらめ、心はなどか…」 正解の根拠:係助詞「こそ」の結びは已然形。「め」は推量「む」の已然形で結びに当たります。しかしその直後が句点ではなく読点で、文が下へ続いている。「こそ〜已然形」で終止せず下に続く場合、その已然形は逆接(〜だろうが)になる——この規則が根拠です。 誤答の作り方:「顔かたちは生まれつきのものであろう。」と、そこで一度言い切った訳を選択肢に置く。文法的に「め」が已然形であることは正しく示しておき、逆接の含みだけを落とす。受験生は「已然形=結び」までは分かるので、この選択肢に吸い寄せられます。

ポイント2|S02「多かめれ」の撥音便無表記

問われ方:文法識別/現代語訳 該当箇所:S02「願はしかるべきことこそ多かめれ」 正解の根拠:「多か」は形容詞「多し」のカリ活用連体形「多かる」。ラ変型連体形に「めり」が付くと撥音便「多かんめれ」となり、平仮名表記では「ん」を書かないため「多かめれ」。したがって助動詞「めり」があり、推定・婉曲「〜ようだ」を必ず訳出します。 誤答の作り方:「願わしいはずのことが多い。」と、「めり」の訳を落とした選択肢。文全体の意味は通ってしまうので、気づかない受験生が多数出ます。

ポイント3|S11「ありなむ」の「なむ」識別

問われ方:文法識別 該当箇所:S11「あらまほしき方もありなむ」 正解の根拠:直前の「あり」はラ変動詞の連用形。連用形に接続する「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形で、それに推量「む」が付いた強意(確述)+推量=「きっと〜だろう」誤答の作り方:「〜てほしい」と、終助詞「なむ」(他への願望)で訳した選択肢。終助詞の「なむ」は未然形接続なので接続が合いませんが、意味だけ見ると「望ましい点もあってほしい」で通じてしまうため、非常に引っかかりやすい誤答になります。

ポイント4|S01とS15の「ば」の対比

問われ方:文法識別/現代語訳 該当箇所:S01「書きつくれば」/S15「うつさば」 正解の根拠:「書きつくれ」はカ行下二段「書きつく」の已然形なので確定条件(〜すると)。「うつさ」はサ行四段「移す」の未然形なので仮定条件(もし〜ならば)。接続する活用形だけで判別できます。 誤答の作り方:S01を「書きつけると(もし書きつけたなら)」と仮定で訳す選択肢。序段は「もし書いたなら変な気分になるだろう」でも一見成立するため、已然形接続を確認しない受験生が落ちます。

ポイント5|S08「思はるる」と「書ける」の二つの「る」

問われ方:文法識別 該当箇所:S08「人には木の端のやうに思はるゝよ」「清少納言が書けるも」 正解の根拠:「思は」は四段動詞の未然形なので、「るる」は受身の助動詞「る」の連体形。「書け」は四段動詞の已然形(エ段音)なので、「る」は完了・存続の助動詞「り」の連体形。未然形接続なら「る」、四段已然形接続なら「り」誤答の作り方:「書ける」を可能の意味に取り、「清少納言が書くことができたのも」とする選択肢。現代語の「書ける」に引きずられます。古文に可能の「る」はありますが、それは未然形接続であって、已然形接続の「り」ではありません。

ポイント6|S05「たまはる」の敬語の方向

問われ方:敬語の方向/主語判定 該当箇所:S05「舎人などたまはる際は」 正解の根拠:「たまはる(賜る)」はラ行四段で、「受く」の謙譲語。動作の主体は舎人を受け取る臣下です。地の文なので敬意の主体は書き手(兼好)であり、敬意の向かう先は与える側である朝廷・帝。したがって「舎人などを(帝から)いただく身分の者」と訳します。 誤答の作り方:「舎人などをお与えになる身分の方」と、尊敬語として訳した選択肢。「たまふ」と字面が近いため混同を誘えます。主語が逆転するので、失点の幅が大きい設問になります。

ポイント7|S14「せらるる」の「らる」の意味

問われ方:文法識別/心情説明 該当箇所:S14「心劣りせらるゝ」 正解の根拠:「心劣りす」は評価・心情に関わる動詞。心情・知覚を表す動詞に付く「る・らる」は自発が第一候補です。「(こちらが)思わず幻滅してしまう」と訳します。 誤答の作り方:受身に取って「その人が幻滅させられる」とする選択肢。主体が「めでたしと見る人(=見られる側)」に見えるよう文を切って提示すれば、受身に取らせることは容易です。

ポイント8|S12〜S18の主語判定

問われ方:主語判定/内容一致 該当箇所:S12「人はかたち有樣の…」からS18まで 正解の根拠:S12で「人は」という大主題が立てられ、以降の文で主語が省略されても、それは人間一般を指します。新しい主題が「〜は」で立てられていないことが、主題継続の根拠です。 誤答の作り方:S16「かたち心ざまよき人も」を兼好自身の体験談と読ませ、「兼好は学問がないために気圧された経験を述べている」という内容一致の選択肢を作る。一人称の記述(S01)と一般論(S12以降)の切れ目を意識していない受験生が選びます。

ポイント9|S09「ののしり」の語義

問われ方:現代語訳 該当箇所:S09「勢猛にのゝしりたるにつけて」 正解の根拠:古文の「ののしる」は「大声で騒ぐ」「評判が高い・威勢を振るう」。ここは「勢猛に」と共起しているので「威勢を振るって評判になっている」。 誤答の作り方:「権勢を笠に着て人を罵っているのを見るにつけ」という選択肢。現代語の語感に完全に合致し、しかも文脈上も一応通ってしまうため、語義を知らないと見抜けません。

ポイント10|S18「ものから」の逆接

問われ方:文法識別/現代語訳 該当箇所:S18「いたましうするものから、下戸ならぬこそ」 正解の根拠:「ものから」は連体形接続の接続助詞で、逆接確定条件(〜ものの・〜けれども)。「する」がサ変の連体形であることも確認できます。 誤答の作り方:「気が引けるので、酒が飲めないというのがよい」と、順接に取ったうえで「下戸ならぬ」の打消まで読み違えた選択肢。「から」という字面と、二重否定「下戸ならぬ」の処理を同時に外させる、複合型の誤答になります。

ポイント11|S08・S10の文学史・古典常識

問われ方:文学史・古典常識 該当箇所:S08「清少納言が書けるも」/S10「増賀聖のいひけむやうに」 正解の根拠:清少納言は『枕草子』の作者で、平安中期の随筆。『徒然草』は鎌倉末期の随筆で、『枕草子』を意識的に引き継ぐ位置にあります。増賀は平安中期の天台僧で、名利を嫌ったことで知られる人物です。 誤答の作り方:清少納言を『和泉式部日記』や『紫式部日記』の作者とする、あるいは『枕草子』を鎌倉時代の作品とする選択肢。三大随筆(『枕草子』『方丈記』『徒然草』)の成立順を混同させるのが定番です。


国強塾の本質ポイント

構造のレンズ|なぜ「こそ〜め、」でなければならなかったのか

この段の論理は、S15の一文にすべて集約されます。そしてその一文が「こそ〜め、」という形を取っていることには、必然があります。兼好はS03からS14まで、動かせないものを積み上げてきました。血筋、身分、容貌、生まれつきの印象。それらを一つずつ肯定的に描いたうえで、S15で反転させる。このとき、もし「容貌は生まれつきである。しかし心は変えられる。」と句点で二文に切ったら、前半は独立した主張として立ってしまいます。読者は「なるほど容貌は生まれつきか」と一度納得し、その納得を持ったまま次の文に進む。それでは前半が後半に従属しません。ところが「こそ〜め、」で読点によって下へ続けると、已然形は結びでありながら文を終わらせず、前半は最初から後半のための譲歩節としてしか存在できなくなります。「認めはする、が、それは本題ではない」という位置づけが、統語のレベルで確定するのです。さらに後半は「などか〜む」の反語で受けます。反語は、書き手が答えを言わずに読者に答えさせる形式です。「心は変えられます」と断定すれば説教になり、「心も変えられるだろうか」と疑問にすれば主張が消える。反語だけが、断定の強さを保ちながら押しつけを回避できる。譲歩を統語で従属させ、主張を反語で読者に手渡す——兼好がこの形を選んだのは、修辞的な飾りではなく、読者を説得の共犯者にするための設計だったと国強塾は読みます。

人間のレンズ|出家者が世俗の教養を理想として語るということ

第1段でもっとも奇妙なのは、書き手の立ち位置です。兼好法師は出家者です。その人物が「法師ばかり羨しからぬものはあらじ」(S08)と書き、権勢ある僧を「いみじとは見えず」(S09)と斬り、名利を求める僧は仏の教えに背いていると言う(S10)。ここまでは、出家者による僧団批判として理解できます。ところが理想像として最後に掲げられるのは、漢学・作文・和歌・管絃・有職故実(S17)、そして筆跡・声・酒席での身の処し方(S18)という、徹頭徹尾、宮廷貴族の教養なのです。仏道はどこにも出てきません。この矛盾は、兼好の出自と選択を踏まえると理解できます。彼は宮廷に仕える身分から出家した人物であり、出家によって捨てたのは官位への執着であって、宮廷文化そのものへの愛着ではありませんでした。当時の遁世は、俗世からの完全な離脱を意味せず、むしろ身分秩序の外側に立つことで、内側を自由に論評する位置を得る行為でもありました。S11の「ひたぶるの世すて人は、なかあらまほしき方もありなむ」という留保は、その自覚の表明です。徹底した遁世者だけが例外だと言うことで、兼好は自分が徹底していないことを暗に認めています。 中途半端な出家者が、中途半端さを自覚したまま、それでも人間の理想を語る。この誠実な居心地の悪さが、『徒然草』全体の語り口を決定しています。

接続のレンズ|S15は、数学の「必要条件と十分条件」の分離そのものである

S15の論理構造を記号にしてみます。兼好は「人の価値」を二つの要素に分解しました。Aを「生まれつき決まっているもの(家柄・容貌)」、Bを「後天的に変えられるもの(心・才)」とします。彼が言っているのは、①Aは変化しない、②Bは変化する、③したがって人の価値の改善はBにおいてのみ可能である、という三段です。これは数学の証明で、変数と定数を分離する操作とまったく同じです。ある量を最大化したいとき、まず動かせない定数と動かせる変数を切り分け、定数については議論を打ち切り、変数についてのみ最適化を考える。「こそ〜め、」の逆接は、定数側の議論を明示的に打ち切るための宣言です。そして「などか〜む」の反語は、変数側について「動く」ことを証明抜きで前提化する操作にあたります。現代文の評論でも同じ形が現れます。筆者が「たしかに〜である。しかし〜」と譲歩を置くとき、譲歩節は反論の予防であると同時に、論点を絞り込むための切断線です。小論文で「〜という側面は否定できない。だが問題は〜だ」と書くとき、あなたはS15と同じ操作をしています。古文の係り結びを暗記事項として覚えるのではなく、論を絞り込むための道具として理解すれば、現代文の譲歩構文も数学の場合分けも、同じ一つの技術に見えてきます。 国強塾がこの段を最初に扱うのは、その視点を最短で手渡せるからです。


確認テスト

第1問(現代語訳)

S02「願はしかるべきことこそ多かめれ」を、助動詞の意味をすべて反映させて現代語訳しなさい。

<details><summary>解答・解説</summary>

解答:そうありたいと願うはずのことが数多くあるようだ。

解説:助動詞は二つ。「べき」が当然(〜はずの)、「めれ」が推定・婉曲(〜ようだ)です。「多か」が「多かる」の撥音便無表記であることに気づかないと「めり」を見落とします。「多い」で止めると「めり」の訳が消え、減点対象になります。 </details>

第2問(文法識別)

S11「ありなむ」の「なむ」について、文法的に説明しなさい。また、そう判断できる根拠を示しなさい。

<details><summary>解答・解説</summary>

解答:完了(強意・確述)の助動詞「ぬ」の未然形「な」+推量の助動詞「む」の終止形。「きっと〜だろう」の意。根拠は、直前の「あり」がラ変動詞の連用形であること。

解説:「なむ」には他に、①未然形接続の終助詞(他への願望「〜てほしい」)、②係助詞(強意、結びは連体形)、③ナ変動詞の未然形活用語尾+「む」があります。接続する活用形を見れば一意に決まるのがこの識別の要点です。連用形接続なら確述、未然形接続なら終助詞。 </details>

第3問(敬語の方向)

S05「舎人などたまはる際は」の「たまはる」について、敬語の種類と、誰から誰への敬意かを説明しなさい。

<details><summary>解答・解説</summary>

解答:ラ行四段「賜る」で、「受く」の謙譲語。動作の主体は舎人を受け取る臣下、敬意の向かう先は舎人を与える側である朝廷・帝。書き手(兼好)が、与える側に対して敬意を表しています。

解説:「たまふ」(尊敬)と「たまはる」(謙譲)は必ず区別します。謙譲語は、動作の受け手・対象を高めるので、ここでは「与える側」が高められています。訳は「舎人などをいただくほどの身分の者は」。尊敬語と取ると主語が帝に反転してしまい、文全体の意味が崩れます。 </details>

第4問(理由説明)

S16で、兼好が「本意なきわざなれ」と述べるのはなぜですか。本文の語句を根拠として、60字以内で説明しなさい。

<details><summary>解答・解説</summary>

解答例:容貌も心ざまもよい人が、才(学問)を欠いたために品格が下がり、顔憎さげなる人にまで気圧されてしまうから。(52字)

解説:根拠となる語句は「かたち心ざまよき人も」「才なくなりぬれば」「人品くだり」「かけずけおさるる」の四つ。「も」による譲歩(よい人でさえ)と「ば」による確定条件(〜となると)の因果関係を答案に反映させることが求められます。「学問がないのは残念だから」では、本文の因果を写していないため不十分です。 </details>

第5問(内容一致)

次のうち、本文の内容に合致するものを一つ選びなさい。

ア 兼好は、法師という身分そのものが尊いと述べている。 イ 兼好は、家柄も容貌も心も、すべて生まれつき決まっていると述べている。 ウ 兼好は、権勢を得て評判になっている法師を立派だとは思わないと述べている。 エ 兼好は、理想の教養として仏道修行を第一に挙げている。

<details><summary>解答・解説</summary>

解答:ウ

解説:ウはS09「勢猛にのゝしりたるにつけて、いみじとは見えず」に一致します。アはS08「法師ばかり羨しからぬものはあらじ」に反します。イはS15「心はなどか…移らざらむ」の反語(心は移る)に反します。エはS17の列挙に仏道が含まれないことから誤り。エは「兼好=法師」という先入観だけで選べてしまう誤答で、本文を読まずに常識で答える受験生を落とすために設計しやすい選択肢です。 </details>


💡 ポイントコラム

💡 コラム1|「つれづれ」から始まる三つの随筆、そして同じ構造

『徒然草』の冒頭は、他の随筆の冒頭と並べると性格がはっきりします。『枕草子』は「春はあけぼの」と、季節の美から始まる。『方丈記』は「ゆく河の流れは絶えずして」と、無常の比喩から始まる。それに対して『徒然草』は、書いている自分自身の状態から始まります。三者の中で、書く行為そのものを冒頭で対象化しているのは兼好だけです。

そのうえで、この段はS08で清少納言を名指しで引用します。これは単なる敬意ではなく、自分の作品が『枕草子』の系譜に連なることの宣言でもあります。実際、S12以降の「人はかたち有樣の勝れたらむこそ」以下の人物評価の書き方は、『枕草子』の「〜もの」型の類聚章段と発想を共有しています。

さらに『徒然草』内部で見ると、この第1段の構造——理想を掲げ、その理想を成り立たせる条件を絞り込んでいく——は、他の有名段にも反復されます。技芸の習得を論じる段でも、物事の見方を論じる段でも、兼好はまず一般的な通念を提示し、それを譲歩として処理してから、本当に効く条件を一点に絞ります。第1段を精読しておくと、初見の段でも「どこが譲歩で、どこが主張か」を探す構えができます。これが、この段を最初に読む最大の実益です。

💡 コラム2|この段で間違えやすい語と文法の整理

間違えやすい単語

誤りやすい訳 正しい訳 該当
かしこし 賢い 恐れ多い、畏敬すべきだ S03
ののしる 悪口を言う 大声で騒ぐ、威勢を振るう・評判が高い S09
飽かず 満足せずに 飽きることなく(称賛の語) S13
才(ざえ) 才能 学問・漢学の教養 S16
まことし 誠実だ 本格的だ、正統だ S17
なまめかし 色っぽい 上品で優美だ S06
いみじ ひどい(のみ) 程度がはなはだしい。文脈で「立派だ」にも「ひどい」にもなる S07・S09・S17

間違えやすい文法

判別の決め手 該当
「ば」 已然形+ば=確定/未然形+ば=仮定 S01・S16(確定)/S15(仮定)
「ぬ」 未然形接続=打消「ず」連体形/連用形接続=完了「ぬ」終止形 S04・S13・S18(打消)/S06(完了「に」)・S16(完了「ぬれ」)
「る」 未然形接続=助動詞「る」/四段已然形接続=助動詞「り」 S08(両方)
「なむ」 連用形接続=確述「な」+「む」 S11
「む」 体言・「こそ」に続く連体形は婉曲で訳す S12・S14・S17
「ものから」 連体形接続の逆接 S18
「こそ〜已然形、」 読点で下へ続けば逆接 S15

この二つの表に載っている項目は、いずれもこの一段の中で実例を確認できます。単語帳と文法書を往復するより、一段の中で全部押さえたほうが定着します。 それができる密度を持っているのが、『徒然草』の冒頭という教材の価値です。


関連ページ

  • 徒然草|『徒然草』全体の入試での出方と、段ごとの読み方の総論です。
  • 枕草子|S08で兼好が引用した清少納言の『枕草子』。随筆の型を比較して読んでください。
  • 方丈記|『方丈記』。三大随筆のもう一つ。無常観と遁世の扱いを『徒然草』と対照できます。
  • 発心集|鴨長明の説話集。S08〜S11の遁世・出家をめぐる価値観の背景を押さえられます。
  • 十訓抄|教訓説話集。S16〜S18の「才」と処世の理想が、説話ではどう語られるかを比較できます。
  • 沙石集|仏教説話集。S10の「名聞」=名利への執着という仏教語の使われ方を確認できます。
  • 無名草子|物語評論。兼好の人物批評の方法と、評論としての文体を比べてみてください。
  • kakarimusubi|係り結びの総論。この段の11例(+結びの省略1例)を素材に、逆接用法まで一気に整理できます。
  • jodoshi-shikibetsu|助動詞識別の総論。「ぬ」「る」「なむ」「む」の判別法をまとめています。
  • shugo-hantei|主語判定の総論。S12以降の主題継続による主語復元の手順を扱います。
  • keigo-soron|敬語総論。S05「たまはる」の方向判定を含め、三種の敬語を整理します。

本文の出所

  • 本記事の原文は、data/texts/tsurezuregusa/dan/001.txt に収録された本文をそのまま用いています。同ファイルの取得元は、ファイル冒頭の source_url に記録された ja.wikisource.org の『徒然草(校註日本文學大系)』のページです(https://ja.wikisource.org/wiki/徒然草 (校註日本文學大系)。URLは記録上はパーセントエンコードされた形です)。
  • 底本である『校註日本文學大系』所収本文は、著作権の保護期間が満了したパブリックドメインの資料です。現代の校訂本文(新編日本古典文学全集・新潮日本古典集成・岩波新大系・角川ソフィア文庫など)は一切転載していません。
  • 表記の扱い:原文は底本の表記のまま引用しています。旧字体(「有樣」「聲」「佛」「覺」など)、踊り字(「まゝ」「ゆゝし」「のゝしり」「思はるゝ」「せらるゝ」「おさるゝ」「つけつゝ」)はそのままです。句読点および鉤括弧は底本の表記に従っており、国強塾が付け加えたものではありません。
  • 文の区切り:S01〜S18の番号は、底本の句点「。」を単位として国強塾が付したものです。S08の引用文中にある句点は文の切れ目として数えていません。したがって全18文です。
  • 脱落について:底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています。該当するのはS01・S03・S05・S06・S10・S11・S13・S14・S15・S18です。国強塾は原文を補完しません。記事中では欠けている位置を「(欠落)」または「[ ]」で示し、そこに立つはずの語の働きだけを説明しています。他の刊本で読める語を本文として挿入することはしていません。
  • 読み(L2)について:読みは底本の振り仮名を再現したものではなく、標準的な歴史的仮名遣いによる読みを国強塾が付したものです。
  • 訳について:逐語訳・現代語訳・解釈はすべて国強塾が自前で作成したものです。他サイトの訳文・解説の言い回しは使用していません。
  • 出題実績について:作品プロフィール表の実出題は data/exam_evidence.csv に記録のある4件(2006 同志社大学(経済)/2006 立教大学(社会)/2003 明治学院大学/1973–1994 名古屋大学)のみを記載しました。出題ランクAは data/kobun_master.csv の頻度ランク欄によります。この序段・第1段そのものの出題記録は当塾のデータにはありません。 記事中の「狙われやすい」という記述は、文法項目の密度に基づく国強塾の推定です。

監修:藤原進之介(数強塾グループ代表)/執筆:国語専門塾「国強塾」by数強塾グループ


監修:藤原進之介(数強塾グループ代表)/執筆:国語専門塾「国強塾」by数強塾グループ
本記事の現代語訳・解説は国強塾のオリジナルです。学校の課題・定期テストでは、担任の先生・担当講師の指示を優先してください。

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