【2026-09-05 訂正】以前の版では、底本のルビ付きの語と踊り字が、本文抽出処理の不具合で原文から欠落していました。記事本文ではこれを「底本の欠字」と説明していましたが、底本に欠字はありません。原文は底本どおりに復元済みです。
この記事で分かること
- 『徒然草』第2段の原文を、1文も飛ばさずに品詞分解・逐語訳・現代語訳した全文解剖
- 係助詞「こそ」の已然形結び、助動詞「る」(受身)、二重尊敬「書かせ給へる」の正しい処理
- 丁寧語「はべる/侍れ」が誰から誰への敬意なのかという、敬語の方向の判定手順
- 「きよら」「所狭し」「うたて」「いみじ」という、この段の得点源になる重要古語の訳し分け
- 兼好が自分の意見を述べたあと、なぜ二つの引用を並べたのかという論証構造の読み方
この章段を30秒で
あらすじ(200字) 兼好は、為政者や上流の人々が、昔の聖天子の政治を忘れ、民の苦しみや国が傷んでいくことにも気づかず、何もかもに贅を尽くしてそれを立派だと思い込み、仰々しく振る舞っている姿を「情けない、思慮がない」と切り捨てます。そのうえで、自分の感想だけで終わらせず、九条殿の書き残したことばと、順徳院が宮中のことを書き記されたものの中のことばという二つの権威ある引用を重ね、「身の丈に応じよ・華美を求めるな・公のものは質素であることを良しとする」という価値観を裏づけとして提示して段を閉じます。
入試で重要な理由(100字) 短い段の中に、係り結び(こそ+已然形/ぞ+連体形)、受身の助動詞「る」、存続「たり・り」、二重尊敬、丁寧語の方向、禁止「〜ことなかれ」が全部そろっています。文法総合問題の素材として非常に作りやすい段です。
難度 ★★★☆☆(3/5) 所要時間 約20分(品詞分解を自分で書き直すなら35分)
作品プロフィール(出典と成立)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ジャンル | 随筆 |
| 成立 | 鎌倉末期 |
| 作者 | 兼好法師 |
| この段の位置 | 序段(つれづれなるままに)に続く第2段。作品全体の「価値判断の基準」を最初に示す位置 |
| 出題ランク | A(私大・国公立で抜粋が繰り返し出題される作品) |
| 徒然草の実出題 | 2006年 同志社大学 経済学部(167・180段)/2006年 立教大学 社会学部/2003年 明治学院大学(122段)/1973-1994年 名古屋大学 文系・理系共通(年度個別未特定) |
| 読解キー | 段ごとに完結する構成。逆説的論法。反語 |
上の「徒然草の実出題」は data/exam_evidence.csv に記録された実出典です。第2段そのものが特定年度で出題されたという記録は当該データにはありません。ただし、この段は文法要素の密度が高く、共通テスト型の文法設問・記述型の現代語訳設問のどちらにも加工しやすい素材です。国強塾では「出題実績のある段」と「文法演習として価値のある段」を分けて扱い、第2段は後者として重点的に演習させています。
なお、徒然草の注釈書である『なぐさみ草』(松永貞徳)は、2014年 九州大学(文学部を含む)・2004年 神戸大学で出典となっています。徒然草は本文だけでなく「注釈のされ方」まで問われうる作品だ、と覚えておくと視野が広がります。
📖 大切な定義
この段を読むために必要な土台を、教科書の言葉で定義します。
📖 定義1|係り結びとは、文中に係助詞「ぞ・なむ・や・か・こそ」が現れたとき、文末が終止形ではなく連体形(ぞ・なむ・や・か)または已然形(こそ)で結ばれる法則である。 この段では S01 の「人こそ……見ゆれ」(こそ→已然形)、S02 の「とぞ……はべる」(ぞ→連体形)、S03 の「とこそ侍れ」(こそ→已然形)と、3か所すべてで係り結びが働いています。文末の活用形を問う設問の直撃点です。
📖 定義2|助動詞「る」とは、四段・ナ変・ラ変動詞の未然形に接続し、受身・尊敬・自発・可能の四つの意味を表す助動詞である。 S01 の「そこなはるる」がこれです。接続(ハ行四段「そこなふ」の未然形「そこなは」)と意味(受身)の両方を答えられるようにします。
📖 定義3|丁寧語とは、話し手・書き手が、話題の人物ではなく聞き手・読み手に対して敬意を表す敬語である。 S02 の「はべる」、S03 の「侍れ」がこれです。九条殿や順徳院を高めているのではなく、読者に対して丁寧に述べているのだ、という向きを間違えないことが得点の分かれ目になります。
📖 定義4|二重尊敬(最高敬語)とは、一つの動作に尊敬の意味を持つ語を二つ重ね、天皇・皇后・上皇など最高位の人物への敬意を表す語法である。 S03 の「書かせ給へる」がこれです。「せ」を使役と取るか尊敬と取るかは頻出の識別問題で、ここでは下に尊敬の「給ふ」が続いているため尊敬と判定します。
全文解剖(S01〜S03)
文の数え方について:この段は、地の文として文が完結する箇所(述語で言い切る箇所)が「見ゆれ」「はべる」「侍れ」の3か所です。したがって S01〜S03 の全3文として解剖します。なお底本の句点「。」は全部で6個ありますが、そのうち3個は引用符の内側にある句点です(S02 の「もちひよ。」「なかれ。」、S03 の「よしとす。」)。これらは引用文の内部の切れ目なので独立した S番号を与えず、S02・S03 の品詞分解表の中で1語も飛ばさずに処理します。
S01
【L1 原文】 いにしへの聖の御代の政をも忘れ、民の憂へ、國のそこなはるゝをも知らず、萬にきよらを盡して、いみじと思ひ、所狹きさましたる人こそ、うたて、思ふところなく見ゆれ。
【L2 読み】 いにしへの ひじりの みよの まつりごとをも わすれ、たみの うれへ、くにの そこなはるるをも しらず、よろづに きよらを つくして、いみじと おもひ、ところせき さま したる ひとこそ、うたて、おもふところなく みゆれ。
発音上の注意:「いにしへ」は現代音で「いにしえ」、「憂へ」は「うれえ」、「そこなはるる」は「そこなわるる」、「萬(よろづ)」は「よろず」、「思ひ」は「おもい」、「思ふ」は「おもう」と読みます。原文の「ゝ」は踊り字(繰り返し記号)で、直前の「る」を繰り返すので「そこなはるる」となります。
【L3 品詞分解】
| 語 | 品詞(活用の種類) | 活用形 | 意味 |
|---|---|---|---|
| いにしへ | 名詞 | — | 昔。理想化された古代 |
| の | 格助詞 | — | 連体修飾「〜の」 |
| 聖 | 名詞 | — | 聖天子。徳を備えた理想の君主 |
| の | 格助詞 | — | 連体修飾 |
| 御代 | 名詞 | — | ご治世 |
| の | 格助詞 | — | 連体修飾 |
| 政 | 名詞 | — | 政治。まつりごと |
| を | 格助詞 | — | 動作の対象 |
| も | 係助詞 | — | 添加・強調「〜までも」 |
| 忘れ | 動詞 ラ行下二段「忘る」 | 連用形 | 忘れる(中止法で下へ続く) |
| 民 | 名詞 | — | 人民 |
| の | 格助詞 | — | 連体修飾「民の」 |
| 憂へ | 名詞(ハ行下二段「憂ふ」の連用形が名詞化) | — | 嘆き・苦しみ |
| 國 | 名詞 | — | 国家 |
| の | 格助詞 | — | 主格「国が」(連体節内の主語) |
| そこなは | 動詞 ハ行四段「そこなふ」 | 未然形 | 損なう・傷つける |
| るる | 助動詞「る」/意味=受身/接続=四段・ナ変・ラ変の未然形 | 連体形 | 「〜れる」 |
| を | 格助詞 | — | 動作の対象 |
| も | 係助詞 | — | 添加 |
| 知ら | 動詞 ラ行四段「知る」 | 未然形 | 知る・気づく |
| ず | 助動詞「ず」/意味=打消/接続=未然形 | 連用形 | 「〜ない」(中止法) |
| 萬 | 名詞 | — | あらゆること。万事 |
| に | 格助詞 | — | 「〜において」 |
| きよら | 名詞(形容動詞「きよらなり」の語幹の名詞用法) | — | 華美。きらびやかな美しさ |
| を | 格助詞 | — | 動作の対象 |
| 盡し | 動詞 サ行四段「尽くす」 | 連用形 | 出しきる |
| て | 接続助詞 | — | 単純接続「〜して」 |
| いみじ | 形容詞 シク活用「いみじ」 | 終止形 | たいしたものだ・立派だ |
| と | 格助詞 | — | 引用 |
| 思ひ | 動詞 ハ行四段「思ふ」 | 連用形 | 思う(中止法) |
| 所狹き | 形容詞 ク活用「所狭し」 | 連体形 | 窮屈なほど大げさだ・仰々しい |
| さま | 名詞 | — | 様子・ありさま |
| し | 動詞 サ行変格「す」 | 連用形 | する |
| たる | 助動詞「たり」/意味=存続/接続=連用形 | 連体形 | 「〜ている」 |
| 人 | 名詞 | — | 人 |
| こそ | 係助詞 | — | 強調。文末を已然形で結ぶ |
| うたて | 副詞 | — | 情けなく・不快に |
| 思ふ | 動詞 ハ行四段「思ふ」 | 連体形 | 思う・考える |
| ところ | 名詞 | — | 点。ここでは「思慮・分別」 |
| なく | 形容詞 ク活用「なし」 | 連用形 | ない |
| 見ゆれ | 動詞 ヤ行下二段「見ゆ」 | 已然形 | 見える(「こそ」の結び) |
【L4 逐語訳】 昔の聖天子のご治世の政治をも忘れ、民の嘆き、国が損なわれることをも知らず、万事に華美を尽くして、[その人自身が自分を]たいしたものだと思い、仰々しい様子をしている人は、情けなく、思慮という点がなく見える。
【L5 現代語訳】 昔の聖天子の治世の政治のあり方を忘れ、民の苦しみにも、国が傷んでいくことにも気づかず、何もかもに贅を尽くし、それを自分では立派なことだと思い込んで、いかにも仰々しく振る舞っている人は、見ていて情けなく、思慮というものがまるでない人物に見えます。
逐語訳との差:逐語訳では「知らず」を「知らないで」と訳しましたが、現代語訳では「気づかず」としました。「知る」は古文では「認識している・関知している」まで含む広い語で、ここは「知識がない」ではなく「目に入っていない・意に介していない」という非難だからです。また「思ふところなく」を「思慮という点がなく」から「思慮がまるでない人物に」と言い換えたのは、「見ゆ」の主語が「人」であり、人物評価の文だからです。
【L6 解釈】 兼好の批判の矛先は「贅沢そのもの」ではなく、贅沢を立派だと勘違いしている精神にあります。根拠は本文語句の並び順です。「政をも忘れ」「憂へ/そこなはるるをも知らず」という二つの否定で、まず見るべきものを見ていないことを指摘し、そのうえで「きよらを尽くして、いみじと思ひ」と、見なくてよいものに全力を注いで自己満足していることを重ねます。つまり「注意の配分が完全に逆になっている人」を描いているのです。仕上げの「所狭きさましたる」は外形の描写で、内面(思ふところなし)と外形(所狭し)が一致していることを示します。「うたて」は単なる「ひどい」ではなく、見ている側の胸が塞がるような不快感を表す語で、兼好が距離を取って冷笑しているのではなく、実際に不快を感じていることが伝わります。国強塾では、この文を「浪費批判」ではなく「価値の序列が転倒した人間への嫌悪」と読みます。
【L7 構造】 主語判定:「忘れ」「知らず」「尽くして」「思ひ」の主語はすべて、文末近くに置かれた「人」です。古文では動作の主体が連用中止法でつながれ、最後に体言でまとめて示される構文が多く、この文はその典型です。「いみじと思ひ」の主体を「兼好」と取ると全体が破綻します(兼好が「立派だ」と思っているなら、直後の「うたて」と矛盾するため)。 係り結び:「人こそ……見ゆれ」。係助詞「こそ」を受けて、ヤ行下二段「見ゆ」が已然形「見ゆれ」で結ばれています。「見ゆ」の已然形が「見ゆれ」になるのは、下二段活用の語尾が「え・え・う・うる・うれ・えよ」と変化し、これがヤ行では「え・え・ゆ・ゆる・ゆれ・えよ」となるためです(見え・見え・見ゆ・見ゆる・見ゆれ・見えよ。「見ゆ」は語幹を持たず全体が活用語尾である点にも注意します)。 接続助詞の論理:「尽くして」の「て」は単純接続で、因果ではありません。「贅を尽くしたから立派だと思った」のではなく、「贅を尽くし、かつ立派だと思っている」という並列的な積み重ねです。 対句的構成:「政をも忘れ」/「そこなはるるをも知らず」が、いずれも「〜をも+否定的動詞」の形で対応しています。この「も」の連打が、非難の畳みかけを作っています。 古典常識:「聖の御代」は、儒教的な理想政治観に基づく表現です。中国古代の聖天子による政治を理想とし、それを日本の朝廷にも当てはめて語る発想は、鎌倉期の知識人の教養として共有されていました。
👀 ここに注目 「こそ」の結びは「見ゆれ」であって「見ゆ」ではありません。そして「見ゆれ」で文が終わっているので、係り結びが逆接に転じることなく、そのまま文末で結ばれています。「こそ〜已然形、」と読点で続くときは「〜だけれども」と逆接になりますが、ここは句点で終わるので逆接ではありません。この見分けは記述式で差がつきます。
S02
【L1 原文】 「衣冠より馬車に至るまで、あるに隨ひてもちひよ。美麗を求むることなかれ。」とぞ九條殿の遺誡にもはべる。
【L2 読み】 「いくわんより〔欠〕に いたるまで、あるに したがひて もちひよ。びれいを もとむること なかれ。」とぞ くでうどのの〔欠〕にも はべる。
発音上の注意:「衣冠」は歴史的仮名遣いで「いくわん」、現代音では「いかん」と読みます。「九條殿」は「くでうどの」と表記し、現代音では「くじょうどの」です。「隨ひて」は「したがいて」、「もちひよ」は「もちいよ」と発音します。〔欠〕は底本で語が欠けている位置を示す編集記号で、原文にある文字ではありません。
【L3 品詞分解】
| 語 | 品詞(活用の種類) | 活用形 | 意味 |
|---|---|---|---|
| 衣冠 | 名詞 | — | 装束。衣服と冠 |
| より | 格助詞 | — | 起点「〜から」 |
| 〔本文欠〕 | — | — | 底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています(範囲の下限を示す名詞が入る位置) |
| に | 格助詞 | — | 帰着点「〜に」 |
| 至る | 動詞 ラ行四段「至る」 | 連体形 | 及ぶ・行き着く |
| まで | 副助詞 | — | 範囲の限界「〜まで」 |
| ある | 動詞 ラ行変格「あり」 | 連体形 | ある(手もとにある。準体法で「あるもの」の意) |
| に | 格助詞 | — | 基準「〜に」 |
| 隨ひ | 動詞 ハ行四段「随ふ」 | 連用形 | 従う・応じる |
| て | 接続助詞 | — | 単純接続 |
| もちひよ | 動詞 ハ行上二段「用ふ」 | 命令形 | 用いよ |
| 美麗 | 名詞 | — | きらびやかな美しさ |
| を | 格助詞 | — | 動作の対象 |
| 求むる | 動詞 マ行下二段「求む」 | 連体形 | 求める |
| こと | 名詞(形式名詞) | — | 「〜すること」 |
| なかれ | 形容詞 ク活用「なし」のカリ活用(補助活用) | 命令形 | 「〜てはならない」(禁止) |
| と | 格助詞 | — | 引用 |
| ぞ | 係助詞 | — | 強調。文末を連体形で結ぶ |
| 九條殿 | 名詞(人物呼称) | — | 藤原師輔。九条の邸宅に住んだことによる呼称 |
| の | 格助詞 | — | 連体修飾「〜の」 |
| 〔本文欠〕 | — | — | 底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています(書物にあたる名詞が入る位置) |
| に | 格助詞 | — | 所在「〜に」 |
| も | 係助詞 | — | 添加「〜にも」 |
| はべる | 動詞 ラ行変格「侍り」/丁寧語 | 連体形 | 「あります・ございます」(「ぞ」の結び)/方向=作者(兼好)から読者へ |
【L4 逐語訳】 「衣冠から〔本文欠〕に至るまで、あるものに従って用いよ。美麗を求めることがあってはならない。」と、九条殿の〔本文欠〕にもございます。
【L5 現代語訳】 「装束から〔底本欠落〕に至るまで、手もとにあるものに応じて用いよ。華美を求めてはならない。」と、九条殿(藤原師輔)が書き残されたものの中にもございます。
逐語訳との差:「あるに随ひて」を逐語では「あるものに従って」としましたが、現代語訳では「手もとにあるものに応じて」としました。「あり」は所有・存在の両方を含み、ここは「身分と財力の範囲内で」という意味だからです。また「なかれ」を「あってはならない」から「〜してはならない」に整えたのは、日本語として禁止の命令であることを明確にするためです。
【L7 構造】 係り結び:「とぞ……はべる」。係助詞「ぞ」を受けて、ラ変「侍り」が連体形「はべる」で結ばれています。ラ変動詞の連体形は「-る」となるため、終止形「はべり」と混同しないことが重要です。 敬語の方向:「はべる」は丁寧語で、書き手である兼好から、読み手である読者への敬意です。九条殿への敬意ではありません。判定手順は「①敬語の種類を確定(侍り=丁寧語)→②丁寧語は常に聞き手・読み手向き→③よって話題人物は無関係」です。 禁止表現:「〜ことなかれ」は漢文の「勿」にあたる訓読調の言い回しで、和文の「な〜そ」より硬く、規範・戒めの文体に適します。引用元が漢文的教養に根ざした家訓であることと文体が一致しています。 命令形の連続:「もちひよ」「なかれ」はいずれも命令形で、引用部が指示文であることを示します。地の文(兼好の語り)が丁寧語で穏やかに進むのに対し、引用部だけが命令形で硬くなる。この落差そのものが、引用の権威性を演出しています。
👀 ここに注目 「もちひよ」の活用を「用ゐる(ワ行上一段)」で処理すると命令形は「もちゐよ」となり、底本の表記「もちひよ」と合いません。古語には「用ふ(ハ行上二段)」と「用ゐる(ワ行上一段)」の両形があり、表記が「ひ」ならハ行上二段と判断します。設問で活用の種類を問われたときの決め手になります。
S03
【L1 原文】 順徳院の、禁中の事ども書かせ給へるにも、「おほやけの奉物はおろそかなるをもてよしとす。」とこそ侍れ。
【L2 読み】 じゆんとくゐんの、きんちゆうの ことども かかせ たまへるにも、「おほやけの〔欠〕は おろそかなるを もて よしと す。」とこそ はべれ。
発音上の注意:「順徳院」は現代音で「じゅんとくいん」、「禁中」は「きんちゅう」です。「おほやけ」は「おおやけ」、「給へる」は「たまえる」と読みます。〔欠〕は底本で語が欠けている位置を示す編集記号です。
【L3 品詞分解】
| 語 | 品詞(活用の種類) | 活用形 | 意味 |
|---|---|---|---|
| 順徳院 | 名詞(人物呼称) | — | 順徳天皇。後鳥羽天皇の皇子 |
| の | 格助詞 | — | 主格「〜が」 |
| 禁中 | 名詞 | — | 宮中 |
| の | 格助詞 | — | 連体修飾 |
| 事 | 名詞 | — | 事柄・作法 |
| ども | 接尾語 | — | 複数「〜の数々」 |
| 書か | 動詞 カ行四段「書く」 | 未然形 | 書く |
| せ | 助動詞「す」/意味=尊敬/接続=四段・ナ変・ラ変の未然形 | 連用形 | 下の「給ふ」と重なり二重尊敬をつくる/方向=作者(兼好)から順徳院へ |
| 給へ | 補助動詞 ハ行四段「給ふ」/尊敬語 | 已然形 | 「〜なさる」/方向=作者(兼好)から順徳院へ |
| る | 助動詞「り」/意味=存続/接続=四段の已然形・サ変の未然形 | 連体形 | 「〜ている・〜てある」 |
| に | 格助詞 | — | 所在「〜に」 |
| も | 係助詞 | — | 添加「〜にも」 |
| おほやけ | 名詞 | — | 朝廷。公的なもの |
| の | 格助詞 | — | 連体修飾 |
| 〔本文欠〕 | — | — | 底本の当該箇所は判読・翻刻の都合で語が欠けています(主題となる名詞が入る位置) |
| は | 係助詞 | — | 主題「〜は」 |
| おろそかなる | 形容動詞 ナリ活用「おろそかなり」 | 連体形 | 質素だ・簡素だ(準体法で「質素であること」) |
| を | 格助詞 | — | 動作の対象 |
| もて | 連語「以て」(動詞「持つ」の連用形+接続助詞「て」に由来。漢文の「以」の訓) | — | 「〜をもって・〜を基準として」 |
| よし | 形容詞 ク活用「よし」 | 終止形 | 良い |
| と | 格助詞 | — | 引用 |
| す | 動詞 サ行変格「す」 | 終止形 | する・みなす |
| と | 格助詞 | — | 引用 |
| こそ | 係助詞 | — | 強調。文末を已然形で結ぶ |
| 侍れ | 動詞 ラ行変格「侍り」/丁寧語 | 已然形 | 「ございます」(「こそ」の結び)/方向=作者(兼好)から読者へ |
【L4 逐語訳】 順徳院が、宮中の事柄の数々をお書きになっているものにも、「朝廷の〔本文欠〕は質素であることをもって良しとする。」とございます。
【L5 現代語訳】 順徳院が宮中のさまざまなしきたりを書き記していらっしゃるものの中にも、「朝廷の〔底本欠落〕は、質素であることを良しとする。」とございます。
逐語訳との差:「書かせ給へるにも」の「る」を、逐語では「お書きになっている」、現代語訳では「書き記していらっしゃる」としました。存続の「り」は動作の結果が残っている状態を表すため、「書いた結果としての書物が今ある」というニュアンスを出す訳にしています。「事ども」を「事柄の数々」から「さまざまなしきたり」に変えたのは、「禁中の事」が宮中の儀式・作法を指すからです。
【L6 解釈】 兼好は二つ目の引用として、天皇その人の言葉を持ち出します。ここが段の構成上の頂点です。S02 の九条殿は臣下の最上層、S03 の順徳院は天皇であり、権威の階段を一段上げてから段を閉じているわけです。しかも引用の内容も一段深くなっています。九条殿の言葉は「個人の持ち物は身の丈に応じよ」という私的規範でしたが、順徳院の言葉は「朝廷のものは質素であることを良しとする」という公的規範です。私から公へ、臣下から天皇へ。この二段の上昇によって、S01 で述べた「贅を尽くして得意になる人は情けない」という個人的な感想が、朝廷の公式な価値観に支えられた主張へと変換されます。国強塾では、この段を「兼好の意見文の最短モデル」と呼んで扱っています。主張・根拠1・根拠2という三部構成が、たった3文で完成しているからです。
【L7 構造】 主語判定:「書かせ給へる」の主語は冒頭の「順徳院」です。決め手は二つあります。第一に「順徳院の」の「の」が主格であること。第二に、この動作にだけ二重尊敬が使われていることです。地の文の敬語は敬意の高さで人物を区別する装置なので、最高敬語が使われている=天皇クラスの人物が主語と判定できます。 係り結び:「とこそ侍れ」。「こそ」を受けてラ変「侍り」が已然形「侍れ」で結ばれています。S02 の「ぞ→はべる(連体形)」と対にして覚えると、係助詞ごとの結びの形が定着します。 準体法:「おろそかなるを」は、形容動詞の連体形の下に体言が省略された形で、「質素であること(=簡素であるという状態)を」の意味です。連体形の直後に「を・に・は」などが来たら準体法を疑う、というのが読解の定石です。 敬語の方向:「せ給へ」は尊敬(作者→順徳院)、「侍れ」は丁寧(作者→読者)。一文の中で敬意の向き先が二方向に分かれている点が、この文の難所であり、設問の急所です。
👀 ここに注目 「書かせ給へる」の「せ」を使役と取ってはいけません。「順徳院が誰かに書かせた」と読むと、直後の「給へ」が浮いてしまいます。「せ・させ」+「給ふ」が直結していて、使役の対象(〜に)が本文に書かれていないときは尊敬、というのが識別の原則です。この段には使役の対象を示す語がないので、尊敬と確定できます。
通し現代語訳
昔の聖天子の治世の政治のあり方を忘れ、民の苦しみにも、国が傷んでいくことにも気づかず、何もかもに贅を尽くし、それを自分では立派なことだと思い込んで、いかにも仰々しく振る舞っている人は、見ていて情けなく、思慮というものがまるでない人物に見えます。
大学入試で狙われるポイント
各ポイントは本文の S番号で位置を示します。
ポイント1|S01「人こそ……見ゆれ」(問われ方:文法識別)
係助詞「こそ」の結びを問う設問です。正解の根拠:ヤ行下二段「見ゆ」の已然形は「見ゆれ」。係助詞「こそ」は已然形で結ぶという法則に一致します。誤答の作り方:選択肢に「終止形」「連体形」を混ぜ、「見ゆ」「見ゆる」を並べる。特に「見ゆる(連体形)」は「ぞ・なむ」の結びなので、係助詞を読み飛ばした受験生が引っかかります。
ポイント2|S01「そこなはるる」(問われ方:文法識別)
助動詞「る」の意味を問う設問です。正解の根拠:主語は「國」という無情物であり、無情物は自ら動作の主体になれないため尊敬ではありえず、「知らず」の対象になっていることから受身と確定します。誤答の作り方:「自発」を混ぜる。「自然と損なわれていく」という訳文を作れば自発に見えますが、自発は心情動詞(思ふ・泣く・偲ぶ等)に付くのが原則で、「そこなふ」は心情動詞ではありません。
ポイント3|S01「きよら」(問われ方:現代語訳)
語彙の設問です。正解の根拠:「きよら」は清潔さではなく、目を奪うほどのきらびやかな美しさ・贅沢な華やかさを指す語です。直後に「いみじと思ひ」「所狭きさま」と続き、批判の文脈にあることからも「華美」と取れます。誤答の作り方:「清らかさ」「潔白さ」という現代語の字面に引きずった訳を正解らしく置く。文脈が批判であることを見落とすと選んでしまいます。
ポイント4|S01「所狭きさましたる」(問われ方:現代語訳)
語彙の設問です。正解の根拠:「所狭し」は「場所が狭い」の意から転じて、あたりを圧迫するほど大げさだ・仰々しいの意になります。ここは人の振る舞いを描写しているので後者です。誤答の作り方:「狭い場所に住んでいる」「窮屈そうに暮らしている」という物理的な訳を置く。前後が贅沢批判なので、貧しさの描写になった時点で文意が破綻します。
ポイント5|S01「うたて」「思ふところなく」(問われ方:心情説明)
兼好の評価を説明させる設問です。正解の根拠:「うたて」は不快感を表す副詞、「思ふところなし」は思慮・分別がないこと。両者が「見ゆれ」に係るので、「情けなく、分別のない人物に見える」という人物評価になります。誤答の作り方:「かわいそうに思える」という同情の方向にずらす。「うたて」を「気の毒だ」と訳す選択肢は、共感か嫌悪かの向きを取り違えさせる典型です。
ポイント6|S01 主語の判定(問われ方:主語判定)
「いみじと思ひ」の主体を問う設問です。正解の根拠:連用中止法で並んだ動作群を最後にまとめる体言が「人」であり、しかもその「人」が「こそ」で提示されて「見ゆれ」の主語になっています。よって一連の動作の主体はすべて「人」です。誤答の作り方:「作者(兼好)」を選択肢に置く。直後に「うたて」という否定的評価が来るため、兼好が「いみじ」と思っていたら矛盾する、という検算で排除できます。
ポイント7|S02「なかれ」(問われ方:文法識別/現代語訳)
禁止表現の設問です。正解の根拠:「なかれ」は形容詞「なし」のカリ活用(補助活用)の命令形で、「〜ことなかれ」の形で禁止を表します。形容詞の命令形は本活用にはなくカリ活用にしか立たない、という点まで押さえておくと安全です。誤答の作り方:「なかれ」を「なかりけり」の一部と誤認させる、あるいは「〜がない」という単なる打消の訳を置く。命令形であることを見落とすと、指示文が事実叙述に化けます。
ポイント8|S02「はべる」/S03「侍れ」(問われ方:敬語の方向)
敬語の種類と敬意の方向を問う設問です。正解の根拠:「侍り」は丁寧語で、敬意は書き手(兼好)から読み手(読者)へ向かいます。話題の人物である九条殿・順徳院への敬意ではありません。誤答の作り方:「作者から九条殿へ」「作者から順徳院へ」という、文中に出てくる高貴な人物名を使った選択肢を置く。丁寧語は聞き手・読み手専用という原則を押さえていないと、近くにある人名に引きずられます。
ポイント9|S03「書かせ給へる」(問われ方:敬語の方向/文法識別)
「せ」の識別と敬意の対象を問う設問です。正解の根拠:「せ」の直後に尊敬の補助動詞「給ふ」が続き、使役の対象(「〜に」)が本文にないため、「せ」は尊敬。「せ給ふ」で二重尊敬となり、敬意は作者から順徳院へ向かいます。誤答の作り方:「使役」を選ばせ、「順徳院が女房に書かせた」という訳を作る。使役の対象が本文に一語も書かれていない点を確認すれば排除できます。
ポイント10|S03「書かせ給へる」の「る」(問われ方:文法識別)
助動詞の識別設問です。正解の根拠:直前が四段動詞「給ふ」の已然形「給へ」であり、四段の已然形に接続する「る」は存続・完了の「り」の連体形です。受身・尊敬の「る」は未然形接続なので接続が合いません。誤答の作り方:「受身の助動詞『る』の連体形」を置く。「せ」「られ」など敬語の周辺にあると受身に見えますが、接続が已然形か未然形かを見れば一発で決まります。
ポイント11|S02・S03 の役割(問われ方:理由説明/内容一致)
「なぜ二つの引用を並べたのか」を説明させる設問です。正解の根拠:S01 は兼好の主張、S02 は臣下(九条殿)による私的な規範、S03 は天皇(順徳院)による公的な規範。権威の高さと適用範囲を一段ずつ上げることで、主張の一般性を高めています。誤答の作り方:「兼好が九条殿と順徳院の意見の違いを比較している」という選択肢。両者は対立ではなく同方向の補強なので、「比較」「対照」という語が入ったら疑います。
ポイント12|S02「九條殿」・S03「順徳院」(問われ方:文学史・古典常識)
人物を問う設問です。正解の根拠:S02 の「九條殿」は藤原師輔の呼称、S03 の「順徳院」は後鳥羽天皇の皇子である順徳天皇を指します。院号で呼ばれるのは譲位後の天皇です。誤答の作り方:「九條殿=九条兼実」という選択肢を置く。同じ「九条」を号する人物を並べて混乱させるのは、人物設問の定番です。
国強塾の本質ポイント
構造のレンズ
この段の骨格は、否定の連打で相手を崩し、係り結びで判定を打ち込み、引用で足場を固めるという三工程です。S01 の前半は「政をも忘れ」「そこなはるるをも知らず」と、「〜をも+否定」を二度重ねます。ここで「も」を使うのが決定的で、「を忘れ」だけなら単なる事実叙述ですが、「をも忘れ」とすると「そんなことまで忘れて」という驚きと非難が乗ります。兼好はまず、読者に「この人物はおかしい」という感覚を作らせるのです。そのうえで「こそ〜見ゆれ」という係り結びを置きます。係り結びは文末の活用形を変えることで、その判定が文の重心であると読み手に知らせる装置です。「情けない、思慮がない」という評価をここで打ち込む。しかし個人の評価だけでは主張は立ちません。そこで S02・S03 で「とぞ〜はべる」「とこそ侍れ」と、引用を示す「と」を受けた係り結びを二度続けます。同じ係り結びの形を反復することで、三つの文が同じリズムで並び、主張と根拠が同格の重みを持つように設計されているのです。兼好がこの形を選んだ理由は明快で、随筆という形式では論証の手続きを長々と書けないからです。短い段の中で説得力を出すには、構文のリズムそのものを論証の代わりに使うしかありません。係り結びの反復は、その最も経済的な解決策でした。
人間のレンズ
兼好は出家者です。出家とは、身分秩序の内側にいながら、その秩序の外に半歩出た位置を得ることでもありました。この段で兼好が批判している「所狭きさましたる人」は、贅を尽くせるだけの身分と財力を持った人々、つまり公家や有力者です。出家していない立場からこれを正面から批判すれば、単なる嫉妬や不敬と受け取られかねません。だからこそ兼好は、自分の言葉だけで押し通さず、九条殿と順徳院という批判される側の内部の権威を引きます。摂関家の中枢にいた人物と、天皇その人。この二人が「身の丈に応じよ」「公のものは質素を良しとする」と言っているのなら、贅沢を誇る人々は自分たちの伝統に背いていることになります。批判の刃を、外側からではなく内側から差し込む構えです。また「うたて」という語の選択にも兼好の立場が出ています。これは怒りでも軽蔑でもなく、見ていて胸が塞がるような不快感です。仏教的な無常観を持つ者にとって、財に執着して自足する姿は、単に不作法なのではなく、生の有限性から目を背けている姿に見えます。国強塾ではこの「うたて」を、道徳的非難というより存在の仕方への痛ましさとして読みます。そう読むと、序段からこの第2段への流れ、そして後段で繰り返される無常のモチーフが一本につながります。
接続のレンズ
この段の構造は、そのまま数学の証明と現代文の論説の骨格に一致します。S01 が「主張(命題)」、S02・S03 が「根拠(既に認められている定理・公理)」です。数学の証明では、証明したい命題を自分の直感だけで主張しても点になりません。既に成立が認められた定理を引用し、その定理から命題が導けることを示して初めて証明が完成します。兼好がやっているのはこれと同じで、「贅を尽くして得意になるのは愚かだ」という自分の命題を、「九条殿の書き残した規範」「順徳院の書き記した規範」という既に権威の認められた前提に接続することで成立させています。しかも引用の順序が、私的規範から公的規範へ、臣下から天皇へと上昇している点は、証明で補題から主定理へ進む順序と同型です。小論文でも同じことが要求されます。「私はこう思う」で終わる答案は評価されず、「一般に承認されている事実・データ・先行する見解」に接続して初めて論になります。条件から帰結を導く手続きが明示されているか。根拠が主張より強い足場に立っているか。この二点を検算する癖は、古文の一段を読むときにも数学の答案を書くときにも、まったく同じように働きます。国強塾が古文の解説で構造にこだわるのは、この転用が実際に効くからです。
確認テスト(オリジナル5問)
第1問(現代語訳)
S01 の傍線部「萬にきよらを盡して、いみじと思ひ」を現代語訳しなさい。
解答:万事にわたって華美を尽くして、(それを自分では)立派なことだと思い。 解説:得点の核は「きよら=華美・きらびやかさ」と「いみじ=立派だ・たいしたものだ」の二語です。「きよら」を「清らかさ」と訳すと、直後の批判の文脈と矛盾します。「いみじ」はプラス・マイナス両方に使える程度の甚だしさを表す語ですが、ここは「思ひ」の内容なので、当人の自己評価としてプラスに訳します。主語が「人」であることを補うと訳が安定します。
第2問(文法識別)
S01「國のそこなはるゝをも知らず」の「るる」と、S03「書かせ給へるにも」の「る」について、それぞれ助動詞の基本形・意味・接続・活用形を答えなさい。
解答:
- 「るる」…基本形「る」/意味=受身/接続=四段・ナ変・ラ変の未然形(「そこなは」はハ行四段の未然形)/連体形。
- 「る」…基本形「り」/意味=存続/接続=四段の已然形・サ変の未然形(「給へ」はハ行四段の已然形)/連体形。
解説:見た目が似ている二つを、直前の語の活用形で分けるのがこの設問の狙いです。未然形に付けば「る」(受身・尊敬・自発・可能)、已然形(四段)に付けば「り」(完了・存続)。接続を確認する習慣がついていれば迷いません。
第3問(敬語の方向)
S03「順徳院の、禁中の事ども書かせ給へるにも」について、(1)「せ給へ」の敬語の種類と敬意の方向、(2)同じ文の文末「侍れ」の敬語の種類と敬意の方向を、それぞれ「誰から誰へ」の形で答えなさい。
解答: (1) 尊敬(「せ」+「給ふ」の二重尊敬)。作者(兼好)から順徳院へ。 (2) 丁寧語。作者(兼好)から読者へ。
解説:一文の中で敬意の向きが二方向に分かれる典型例です。判定手順は「①その敬語は尊敬・謙譲・丁寧のどれか→②尊敬なら動作主へ、謙譲なら動作の受け手へ、丁寧なら聞き手・読み手へ」。この順で機械的に処理すれば、近くにある高貴な人名に引きずられません。なお「せ」を使役と取らない根拠は、使役の対象を示す語が本文にないことです。
第4問(理由説明)
S01 で自分の判断を述べた兼好が、S02・S03 で二つの引用を重ねたのはなぜですか。50字程度で説明しなさい。
解答例:個人的な感想にとどめず、臣下の規範から天皇の規範へと権威を上げて引用し、主張を公的な価値観として裏づけるため。(54字) 解説:「二つある」ことと「順序がある」ことの両方に触れられているかが採点の分かれ目です。九条殿(臣下・私的規範)→順徳院(天皇・公的規範)という上昇を書けていれば十分な答案になります。「二人の意見を比較している」と書くと誤りです。両者は対立しておらず、同じ方向へ補強し合っています。
第5問(内容一致)
本段の内容に合致するものを一つ選びなさい。 ア 兼好は、貧しい暮らしをしている人を見ると気の毒に思うと述べている。 イ 兼好は、贅を尽くしてそれを誇る人を、思慮がなく情けないと評している。 ウ 九条殿は、装束だけは立派なものを用いよと書き残している。 エ 順徳院は、朝廷の行事は華やかであるほど良いと書き記している。
解答:イ 解説:アは S01 の「うたて」を同情と誤読させる選択肢です。「うたて」は不快感であり、対象も貧者ではなく贅を尽くす人です。ウは S02 の「美麗を求むることなかれ」と正反対で、「衣冠より〜に至るまで」の範囲指定を「衣冠だけ」と読み違えさせる作りになっています。エは S03 の「おろそかなるをもてよしとす」と正反対です。正反対の選択肢は、本文の否定語や禁止表現を消すことで作られる、というパターンを覚えておくと処理が速くなります。
💡 ポイントコラム
コラム①|この段と他の段・他作品との共通構造
『徒然草』は段ごとに完結しますが、論の運び方には反復されるパターンがあります。第2段のパターンは「自分の判断→権威ある言葉の引用」です。同じ形は、有名な第52段「仁和寺にある法師」の末尾でも変奏されます。あちらは失敗談を語ったあと、「少しのことにも先達はあらまほしき事なり」という一般命題で締めます。第2段が「引用で足場を固める」のに対し、第52段は「具体例から命題を抽出する」形で、方向は逆ですが、個別の観察と一般的な規範とを必ずつなぐという姿勢は同じです。兼好の随筆が「感想文」に見えて実は論説に近いのは、この接続を毎回やっているからです。
他作品と比べると違いがはっきりします。『枕草子』の類聚章段は「〜はをかし」と価値判断を提示しますが、根拠として権威を引くことはあまりしません。感覚の共有そのものが目的だからです。『方丈記』は個人の体験と無常観を軸に据え、外部の権威よりも「自分が見た」という証言性で説得します。それに対して『徒然草』は、儒教的な典拠や有職故実の知識を引く度合いが高い。国強塾では、随筆三作を「感覚(枕草子)/証言(方丈記)/典拠(徒然草)」という説得手段の違いで整理して覚えることを勧めています。文学史の設問でも、この整理があると選択肢の絞り込みが速くなります。
コラム②|間違えやすい単語・文法の整理
| 語 | よくある誤訳 | 正しい理解 | この段での位置 |
|---|---|---|---|
| きよら | 清らか・清潔 | きらびやかで贅沢な美しさ | S01 |
| 所狭し | 場所が狭い | 仰々しい・大げさだ(人の様子を言うとき) | S01 |
| うたて | かわいそうだ | 情けない・不快だ | S01 |
| いみじ | すばらしい(と決め打ち) | 程度が甚だしい。文脈でプラスにもマイナスにもなる | S01 |
| 思ふところ | 思っている場所 | 思慮・分別 | S01 |
| 〜ことなかれ | 〜ことがない | 〜してはならない(禁止の命令形) | S02 |
| 侍り | 謙譲語と決め打ち | 本動詞で丁寧語「あります」の用法もある | S02・S03 |
| もて | 動詞「持つ」 | 「以て」。「〜をもって・〜を基準として」 | S03 |
文法面で最も事故が多いのは、「る」の識別と「せ」の識別の二つです。「る」は直前が未然形なら受身・尊敬・自発・可能の「る」、四段の已然形なら存続・完了の「り」。「せ」は直後に尊敬語が続き使役の対象が示されていなければ尊敬、対象(「〜に」)が示されていれば使役。この二つの手順を、S01 の「そこなはるる」と S03 の「書かせ給へる」で同時に練習できるのが、この段の演習価値です。
もう一つ、係り結びの結びの形も整理しておきます。「ぞ・なむ・や・か」は連体形、「こそ」は已然形。この段では S02 が「ぞ→はべる(ラ変連体形)」、S01・S03 が「こそ→見ゆれ/侍れ(已然形)」。同じ「侍り」が、係助詞によって「はべる」と「侍れ」に形を変えている点は、係り結びを体感するのに最適な材料です。
関連ページ
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- 枕草子 … 『枕草子』。価値判断の提示の仕方を徒然草と比較する
- 十訓抄 … 『十訓抄』。教訓を典拠とともに示す説話集として徒然草と並べて読む
本文の出所
- 本文:
data/texts/tsurezuregusa/dan/002.txt(本パイプラインの取得済みテキスト)。取得元は ja.wikisource.org の「徒然草(校註日本文學大系)」です。 - source_url: https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%BE%92%E7%84%B6%E8%8D%89%20%28%E6%A0%A1%E8%A8%BB%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%96%87%E5%AD%B8%E5%A4%A7%E7%B3%BB%29
- 底本は著作権保護期間を満了したパブリックドメインの資料です。
- 句読点・表記の扱い:本記事の L1(原文)は、取得済みテキストを一字も変えずに引いています。旧字体(國・萬・盡・狹・隨・條)、歴史的仮名遣い、踊り字「ゝ」(S01 の「そこなはるゝ」)は底本のままです。句読点・鉤括弧も底本の表記をそのまま用い、国強塾による補入・削除・変更は行っていません。
- 現代語訳・逐語訳・品詞分解:すべて国強塾が本記事のために作成した自前のものです。他サイト・市販参考書の訳文や解説の言い回しは使用していません。
- 出題実績:
data/exam_evidence.csv(2006年 同志社大学 経済/2006年 立教大学 社会/2003年 明治学院大学/1973-1994年 名古屋大学 文系・理系共通)およびdata/kobun_master.csvの実績欄に基づきます。第2段そのものの出題年度・大学は当該データに記録がないため、本記事では特定していません。 - 人物比定:九條殿を藤原師輔、順徳院を順徳天皇とするのは古典常識に基づく注記であり、原文の文言ではありません。
監修:藤原進之介(数強塾グループ代表)/執筆:国語専門塾「国強塾」by数強塾グループ
監修:藤原進之介(数強塾グループ代表)/執筆:国語専門塾「国強塾」by数強塾グループ
本記事の現代語訳・解説は国強塾のオリジナルです。学校の課題・定期テストでは、担任の先生・担当講師の指示を優先してください。
