中高一貫校の高1に配られる夏休みの数学課題は、2次関数の次に三角比へ進みます。ここで多くの人が同じ壁にぶつかります。公式は3つしかないのに、どれを使えばいいか分からない——正弦定理か、余弦定理か、面積公式か。手が止まるのはいつもその瞬間です。
結論から言うと、使い分けは「いま何が分かっているか」だけで機械的に決まります。センスでも慣れでもありません。この記事では、三角比が何をしている装置なのかという根っこから始めて、定理を選ぶ判断が自動化されるところまで持っていきます。
この記事で身につくこと
- 三角比が「角度を長さの比に翻訳する装置」だと言葉で説明できる
- 鈍角の が負になる理由を、図で示せる
- 正弦定理と余弦定理を、与えられた情報から即座に選べる
- 円に内接する四角形のような複合問題で、方針を自分で立てられる
1.三角比とは何をする道具なのか
三角比の定義は、直角三角形の辺の比から始まります。しかし高校ではすぐに半径1の円(単位円)を使う定義に切り替わります。なぜでしょうか。
理由ははっきりしています。直角三角形の中には、鈍角が入らないからです。三角形の内角には を超えるものがあり得ますし、実際 の角をもつ三角形は普通に出てきます。直角三角形の比のままでは、そういう角の や を定義できません。
図1:半径1の円周上に、 軸から測って の位置に点Pをとる。Pの 座標が 、 座標が 。左側に来るので 座標は負、つまり となる。
三角比の正体
三角比とは、角度という「回転の量」を、長さの比という「計算できる数」に翻訳する装置。
図形の問題は本来、角度と長さという別種類の量が混ざっています。三角比を通すと角度が数に変わるので、図形の問題が方程式の問題になる。これが三角比の存在理由です。
【なぜ だけ負になるのか】三角形の内角は より大きく より小さいので、点Pはつねに上半分の半円にあります。 座標は必ず正なので は正のまま。しかし 座標は、鈍角になると左側に来るので負になります。「鋭角か鈍角かは の符号だけで判定できる」のは、このためです。
2.定理の使い分けは、情報の形で決まる
三角形について使う道具は、実質3つだけです。
| 道具 | 式 | 扱えるもの |
|---|---|---|
| 正弦定理 | 辺と、その向かいの角のペア/外接円の半径 | |
| 余弦定理 | 3辺と1つの角 | |
| 面積公式 | 2辺とその間の角 |
選び方は1行で決まる
「辺とその対角」がペアで見えているなら正弦定理。見えていないなら余弦定理。
正弦定理は のように辺と向かいの角がセットでしか使えません。だから「2辺と挟角」のように向かい合っていない情報では手が出ず、そのときは余弦定理の出番になります。逆に「外接円の半径」が出てきたら、それを含む式は正弦定理しかありません。
| 与えられた情報 | 使う道具 | 求まるもの |
|---|---|---|
| 2辺とその間の角(例:) | 余弦定理 | 残りの辺 |
| 3辺() | 余弦定理を について解く | 角 |
| 1辺とその対角+もう1つの角 | 正弦定理 | 他の辺 |
| 外接円の半径 が絡む | 正弦定理 | 辺または |
| 2辺とその間の角で面積 | 面積公式 | 面積 |
3.例題1|2辺と挟角から、すべてを出す
【例題1】
において 、、 であるとき、次を求めよ。
(1) 辺 (2) 面積 (3) 外接円の半径
【答えだけ先に】
(1) (2) (3)
図2:、、その間の角が 。2辺とその間の角という形なので、まず余弦定理を選ぶ。
(1) 辺
与えられているのは「2辺とその間の角」。辺 の対角 も、 の対角 も分かっていないので、正弦定理は使えません。余弦定理一択です。
ここで 。符号を落とさないことが最大の注意点です。
より 。
【なぜ足し算になるのか】 の が負なので、全体としてはプラスになります。感覚的にも、間の角が広がるほど向かいの辺は長くなるので、 より大きければ が より大きくなる——これは三平方の定理の拡張として自然です。余弦定理は「直角でないときの三平方の定理」だと思ってください。
(2) 面積
2辺とその間の角がそろっているので、面積公式がそのまま使えます。
なので、
【ミスの温床】面積公式は 、余弦定理は 。 の は正、 は負なので、取り違えると面積が負になるという起こり得ない答えが出ます。答えが負になったら、まずここを疑ってください。
(3) 外接円の半径
が出てきたら正弦定理です。(1)で が分かり、その対角 も分かっているので、辺と対角のペアが完成しました。
【検算】3辺 がそろったので、逆に余弦定理で を出し直します。。確かに 。行きと帰りで一致するかを見るのが、三角比のいちばん確実な検算です。
4.例題2|円に内接する四角形(複合問題の入口)
【例題2】
円に内接する四角形 において、、、、 である。次を求めよ。
(1) と角 (2) 対角線 (3) 四角形 の面積
【答えだけ先に】
(1) 、 (2) (3) 面積
図3:円に内接する四角形。対角線BD(赤い破線)を引くと、三角形ABDと三角形BCDの2つに分かれる。BDは両方に共通——ここが突破口。
方針を立てる
四角形のままでは使える定理がありません。三角形に分けるために対角線を引く——これが最初の一手です。そして引いた瞬間、次の2つが手に入ります。
この問題の2本の柱
柱1:BDは共通の辺。だから2通りに表せて、等式が作れる。
柱2:円に内接する四角形の対角の和は 。だから となり、。
「同じものを2通りに表して等式を作る」——これは数学全体で最も使われる考え方の1つです。ここで体験しておいてください。
(1) を求める
三角形ABDで余弦定理(、、間の角が ):
三角形BCDで余弦定理(、、間の角が ):
ここで を代入します。
同じ なので、2つを等号で結びます。
より (このとき )。
(2) 対角線 BD
どちらの式に戻しても構いません。。
【検算】もう一方の式でも確かめます。。一致。2通りで同じ値になることを毎回確認してください。
(3) 面積
四角形の面積は、2つの三角形の面積の和です。
合計して、
【気づいてほしいこと】 と はどちらも で同じ値です。図1に戻ると、 と の点は 軸について対称な位置にあるので、 座標(=)が等しい。 という公式は、図から見れば当たり前の事実です。公式として覚えるのではなく、図で思い出せるようにしてください。
5.この単元で落としやすい3か所
ミス1 の値から角を1つに決めてしまう
を満たす角は と の2つあります。正弦定理で角を求めたときは、鈍角の可能性が消えているかを必ず確認する。一方 の値からは角が1つに決まるので、角を確定させたいときは を使うのが安全です。
ミス2 の符号を落とす
鈍角の は負。 に負の値を入れると全体はプラスになります。符号を2回間違えて答えが合ってしまうこともあるので、値を代入する前に「この角は鋭角か鈍角か」を口に出す習慣を。
ミス3 どの定理を使うか迷って手が止まる
迷ったら「辺とその対角のペアが見えるか?」だけを見る。見えれば正弦定理、見えなければ余弦定理。判断に5秒以上かけないでください。
6.確認問題(解答つき)
【確認1】
において 、、 であるとき、角 、面積 、外接円の半径 を求めよ。
【解答1】
3辺が分かっているので余弦定理を について使います。
よって 。面積は 。
外接円は正弦定理から より 。
【確認2】
円に内接する四角形 で 、、、 のとき、、、四角形の面積を求めよ。
【解答2】
三角形ABD:
三角形BCD:()
等号で結んで より 、()。
より (検算: で一致)。
面積は 。
今回は が負になり、 のほうが鈍角でした。図を描く前に符号で判断できるのが の強みです。
7.夏の課題を、入試の得点に変えるために
中高一貫校では高1の夏に三角比を終え、秋以降は図形と計量の応用に進みます。そして大学入試では、三角比は単独ではなくベクトル・図形・三角関数と組み合わさって出題されます。土台がぐらついていると、そこで一気に崩れます。
答えが合っていても、ここで止まったら「まだ理解していない」
- なぜその定理を選んだのか、与えられた情報の形で説明できるか
- が負になる意味を、図で示せるか
- 行きと帰り(辺→角、角→辺)で検算したか
8.「聞ける相手がいない」だけで止まっているなら
三角比は、図が描けないと解けない単元です。そして「どう図を描けばいいか分からない」は、解答を読んでも解決しません。解答には完成した図しか載っていないからです。
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- 図の描き方から教えます。完成した図ではなく、どの順番で何を描き込むかを一緒に手を動かして確認します。
体験授業は有料3,000円(税込)です。その1回で、実際に手が止まっている問題を一緒に解きます。
9.よくある質問
Q. 正弦定理と余弦定理、どちらを使うか一瞬で決める方法はありますか?
A. 「辺と、その向かい合う角」がペアで分かっているかだけを見てください。分かっていれば正弦定理、分かっていなければ余弦定理です。外接円の半径が絡む場合は必ず正弦定理になります。
Q. 角を求めるとき、 と のどちらを使うべきですか?
A. です。 から の範囲では、 の値が決まれば角が1つに決まります。 だと鋭角と鈍角の2通りが残るため、追加の判断が必要になります。
Q. 円に内接する四角形の問題は、いつも対角線を引くのですか?
A. ほぼいつもです。四角形のままでは定理が使えないので、三角形に分解するのが定石。そのうえで「共通の辺を2通りに表す」と「対角の和が 」の2本柱で式を作ります。
Q. 夏休みの課題が三角比まで終わりません。間に合いますか?
A. 間に合います。三角比は2次関数と違い、使い分けの判断さえ固まれば一気に進む単元です。止まっている原因が定理の選択なら、修正は1回の授業で済むことも多いです。

