なぜ?から始める、段階別解説
このページの到達目標:この単元の出来事を前後関係で並べ、変化の理由を本文の具体的な事実を使って説明する。
最初は上から順に読みましょう。復習では、説明できなかったステップへ戻れます。
世界史|19世紀の社会主義思想
社会主義思想——「働いているのに貧しい」という、新しい問題が生んだ
そして実行された国より、それを恐れた国で成果が出た
貧困は昔からありました。しかし産業革命のあとに現れたのは、それまでとは種類の違う貧困でした。
不作でも戦乱でもなく、毎日働いているのに貧しい。この新しい形は、従来の考え方では説明も対処もできませんでした。だから新しい思想が要求されたのです。思想は問題の後から来ます。
STEP 1 何が新しい問題だったのか
まず、それまでの貧困と何が違ったのかを押さえてください。ここを飛ばすと、なぜ新しい思想が必要だったのかが分かりません。
| それまでの貧困 | 工業化のあとの貧困 | |
|---|---|---|
| 原因 | 不作・戦乱・病 | 働き方そのもの |
| 期間 | 一時的。収穫が戻れば回復する | 景気がよくても続く |
| 場所 | 各地に散らばっている | 都市にまとまって存在する |
| 対処 | 教会や共同体による施し | 規模が大きすぎて施しでは足りない |
| 説明のしかた | 不運、あるいは本人の怠惰 | まじめに働いても貧しいので、その説明が通らない |
5行目が思想を生んだ
これまでの説明が通用しなくなったとき、人は新しい説明を求めます。
古代の思想で、「これまで通りにしていれば正しい」という状態が壊れたときに「そもそもなぜ」を問い始めると書きました。ギリシアの哲学でも同じでした。
ここでも同じです。怠惰だからという説明が事実と合わなくなったことが、仕組みを問う思想を呼びました。
STEP 2 最初の答え——模範を作って見せる
初期の構想は、きわめて実践的でした。理想的な工場や共同体を実際に作り、うまくいくと証明すれば、みんなが真似するはずだという発想です。
| やろうとしたこと | なぜ広がらなかったか |
|---|---|
| 労働時間を短くし、教育と住居を整える | 個々には成功しても、まわりの工場は真似しない |
| 生産と分配を共同で行う共同体を作る | 規模が小さく、外の市場の競争にさらされる |
| 資本家の善意に期待する | 善意に頼る仕組みは、善意のない者には効かない |
3行目は繰り返し出てくる論点
啓蒙思想の権力分立、古代中国の法による統治、ヨーロッパ統合の共同管理——いずれも「人の善意を前提にしない」設計でした。
初期の構想はその逆で、善意を前提にしています。だから参加しない者を止められません。これが広がらなかった構造的な理由です。
STEP 3 次の答え——歴史に法則があるとする
次に現れたのは、まったく違う方向の考え方でした。模範を示すのではなく、社会がどう動くかの法則を見つけようとしたのです。
| 主張の骨格 | 中身 |
|---|---|
| 生産の仕組みが社会の形を決める | 何をどう作っているかが、身分・制度・思想を規定する |
| 仕組みが変われば社会も変わる | 技術と生産の変化が、次の社会を必然的に呼ぶ |
| 対立が変化を動かす | 利害の異なる集団の争いが歴史を前へ進める |
| だから変革は必然である | 善意ではなく法則によって起こると主張した |
この見方はどこから来たか
科学革命の単元で、自然に法則があるなら社会にもあるはずだという飛躍が啓蒙思想を生んだと書きました。この思想はその延長にあります。
そして1行目に注目してください。生産の仕組みが社会の形を決める——これは、このクラスタがオリエント以来くり返し使ってきた「余剰が階層を生む」「産業の形が生活の形を決める」という道具と同じものです。
つまりこの思想は、歴史を読む方法としては現在も有効です。思想の政治的な当否と、分析の道具としての有効性は別に評価してください。
STEP 4 なぜ流派が分かれたのか
目指す方向が近くても、手段をめぐって激しく分かれました。そしてその違いは、思想の純度ではなくその国で何が可能だったかから出ています。
| 手段 | 成り立つ条件 |
|---|---|
| 選挙で多数を得て法律を変える | 参政権が広がっていること。議会に実質的な権限があること |
| 一挙に権力を握る | 選挙という道が閉じている国では、これしか残らない |
| 労働組合で条件を改善する | 団結が法的に認められていること |
| 国家という仕組み自体を否定する | 権力は誰が持っても濫用されるという不信が前提 |
手段の違いは、政治体制の違い
ロシア革命の単元で、「圧力は高いのに逃がす弁がない」と書きました。ロシアの近代化では、権力の分有だけが避けられ続けたことを見ました。
議会を通じて変えられる国では、議会を使う流派が育ちます。使える道具がない国では、力によるしかなくなる。だから同じ思想が、国によってまったく違う運動になりました。
思想の違いを思想だけで説明しないでください。制度の違いが手段を決めています。
STEP 5 恐れた国のほうで実現した
ここがこの単元でいちばん逆説的な部分です。
ロシア革命と大衆社会の単元で書いたとおり、各国政府は同様の革命を防ぐために先回りして社会政策を整えました。
ここで順序を間違えないでください。各国政府が先回りしたのは、ロシア革命(1917年)を見たからではありません。ドイツのビスマルクは社会主義者鎮圧法(1878年)で運動を抑える一方、疾病保険(1883年)・災害保険(1884年)・養老廃疾保険(1889年)を整えました。イギリスの国民保険法も1911年です。どれもロシア革命より前にあります。政府が恐れたのは外国の革命ではなく、自国のなかで大きくなっていく社会主義政党と労働組合でした。
| 掲げられた要求 | どこで実現したか |
|---|---|
| 労働時間の制限 | 革命が起きなかった工業国で、法律として実現した |
| 失業や病気への保障 | 同じく、革命を防ぐ目的も含めて整えられた |
| 労働者の政治参加 | 参政権の拡大として実現した |
| 団結する権利 | 労働組合が法的に認められた |
思想は、脅威として最も強く働いた
要求の多くは、それを掲げた運動が権力を取った場所ではなく、権力を取られたくない側によって実現されました。
宗教改革前夜で、競争がある場所で組織は改善すると書きました。ここでも同じ形です。代わりの選択肢が現れたことが、既存の側を動かしました。
論述で「社会主義思想の影響」を問われたら、革命の話だけでなく、この点を書いてください。影響は、実行された場所より広い範囲に及んでいます。
STEP 6 因果の鎖を1本にする
※ロシアにも議会(ドゥーマ)はありました。1905年の十月宣言を受けて翌年に開設され、社会民主労働党も議員を送っています。問題は参政権の有無ではなく、選挙が不平等で、皇帝が何度も議会を解散し、その決定が政府を拘束しなかったことです
19世紀の社会主義思想の因果の鎖
産業革命により働いているのに貧しいという新しい形の貧困が生じる → 怠惰や不運という従来の説明が事実と合わなくなる → 仕組みそのものを問う思想が求められる → 最初は理想の共同体を作って示す方法がとられるが、善意を前提とするため広がらない → 次に生産の仕組みが社会の形を決めるという法則的な説明が現れる → 目標は近くても手段をめぐって流派が分かれる → その違いは、参政権があるか、議会に権限があるかという制度の違いから生じる → 参政権のないロシアでは力による道が選ばれる → 他国の政府は同じ事態を防ぐため先回りして社会政策を整える → 要求の多くが、革命の起きなかった国で法律として実現する
厳密には、ロシアにも議会はありました。1905年の十月宣言を受けて翌年に国会(ドゥーマ)が開設され、社会民主労働党も議員を送っています。問題は参政権の有無ではなく、選挙が不平等で、皇帝が何度も議会を解散し、その決定が政府を拘束しなかったことです。「弁が無かった」のではなく「弁が機能しなかった」と書いてください。
この鎖の要点は、思想の影響を「その思想が権力を取ったかどうか」で測らないことです。最も広く実現したのは、それを恐れた側の手によってでした。
STEP 7 確認問題(オリジナル)
過去問の引き写しではなく、この単元の考え方を試すために作った問題です。
問1産業革命後に社会のあり方そのものを問う思想が現れた理由を説明せよ。
解答例それまでの貧困は不作や戦乱によるもので一時的であり、不運や本人の怠惰として説明され、教会や共同体の施しで対応されてきた。しかし工業化の後に生じた貧困は、毎日働いているにもかかわらず解消されず、景気がよくても続き、都市にまとまって存在した。従来の説明も対処も通用しなくなったため、個人の資質ではなく生産と分配の仕組みそのものを問う思想が求められた。
問2理想的な共同体を作って示す方法が広がらなかった理由を、60字程度で説明せよ。
解答例資本家の善意を前提とする方法であり、真似しない者を止められず、規模も小さく市場の競争に耐えなかったから。(51字)
問3社会主義の運動が国によって異なる手段をとった理由を説明せよ。
解答例手段の違いは思想の内容ではなく、その国の政治体制において何が可能であったかによって決まった。参政権が広く認められ議会に実質的な権限がある国では、選挙で多数を得て法律を変える道が有効であり、議会を通じた活動が主流となった。これに対し参政権が制限され議会に権限のない国では合法的な手段が閉ざされていたため、力によって権力を握る方向が選ばれた。制度の違いが手段を規定したのである。
よくある質問
Q. 社会主義思想を生んだ「新しい問題」とは何ですか?
A. 「毎日働いているのに貧しい」という、それまでとは種類の違う貧困です。不作や戦乱による一時的な貧困と違い、景気がよくても続き、都市にまとまって存在し、施しでは規模が足りず、「本人の怠惰」という説明が事実と合わない——従来の説明が通用しなくなったことが、仕組みを問う思想を呼びました。思想は問題の後から来ます。
Q. 初期の構想(模範を作って見せる方式)はなぜ広がらなかったのですか?
A. 善意を前提にした設計だったからです。理想的な工場が個々に成功しても、まわりは真似せず、小さな共同体は外の市場競争にさらされ、資本家の善意に期待する仕組みは善意のない者には効きません。「人の善意を前提にしない」設計の、ちょうど逆でした。
Q. 「実行された国より、恐れた国で成果が出た」とはどういう意味ですか?
A. 社会主義の実行を恐れた国々のほうが、革命を防ぐために先回りして労働時間の規制・保険・公衆衛生などの社会政策を整えた、という逆説です。思想の影響は、採用した場所だけに現れるのではありません。
この続きは、世界史のプロ講師と。数強塾グループの世界史は伊藤敏先生が担当しています。
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